季刊すえとこ 第1号 鍼灸師とお灸メーカーをつなぐコミュニケーションマガジン # 創刊のごあいさつ  「すえとこ」は「お灸をすえるところ」=「ツボ」「治療院」という意味を込めています。また、お灸をすえる習慣がもっと根付いてほしい、そのために鍼灸師の先生たちとの情報交換やつながりを広げる場を創りたい、という思いで創刊しました。メーカーの目線でご紹介する様々な事例や話題から、先生方の治療活動に役立つような情報やアイデアを読み取っていただければ幸いです。 # 目次 ## 1. 巻頭インタビュー コロナ禍を経て考えるこれからの鍼灸 矢野 忠 先生 (明治国際医療大学) ## 2. Closeup! 治療院 もぐさんぽ 田川 健一 先生 (田川鍼灸治療院) ## 3. リサーチ!わたしの鍼灸治療 吉田 美江 先生 石川 翔子 先生 (ひじり治療院) ## 4. 山正ニュース ## 5. おいしい東洋医学 唐沢 具江 先生 発行 株式会社山正 2022春号 Vol.1 2022年4月20日発行(季刊) # 1. 巻頭インタビュー コロナ禍を経て考えるこれからの鍼灸 矢野 忠 先生 明治国際医療大学 学長 幅広い分野の研究に取り組まれている矢野先生。臨床研究とは別の分野となる統計や市場分析の調査を通して、社会における鍼灸の状況を把握するための「あはきの実態調査」を継続して行われています。とりわけ年間受療率(1年間で1回以上鍼灸療法を受療した人数を20歳以上の人口で割った値)は一般国民の鍼灸の利用傾向を見極める上で欠かせない指標となっています。学際的な見識をお持ちの先生に、コロナ禍とこれからの鍼灸についてお話をお聞きしました。 ## コロナ禍の鍼灸受療率 ―まずは、先生が長年携わっておられる年間受療率の調査への思いを教えてください。 診療所(クリニック)や病院のような医療分野の疫学データは厚生労働省を中心に公的なデータとしてしっかり調査がなされています。しかし、鍼灸分野は有資格者の数、就業はり師・きゅう師の数、療養費の金額しか公的な統計データとして出されていないのが現状です。就業はり師・きゅう師の数には、届け出ているものの業務に就いていない人が含まれるため、正確ではありません。 そのため日本国内においてどれくらいの施術者が毎日、鍼灸治療の業務に携わっているのか、また1年間でどれくらいの患者を診たのか、何回治療したのか、治療費はどれくらいなのか、といったことが一切わからない。これらのデータは市場規模を掴むための指標にもなります。例えばアパレル業界は市場規模を業界が把握して、経営戦略の基礎データとしている。しかし、鍼灸業界ではそういった基礎データを取ろうといったことがほとんど行われてこなかった。それでは鍼灸の充実・発展、国民に親しまれる鍼灸として広げていくという時、市場規模を知るための指標がないので、戦略を立てるのが困難になってくる。そのため十数年前、公益社団法人東洋療法研修試験財団の鍼灸等調査研究に応募し、幸いにも毎年研究費をつけていただき、今日まで調査を続けることができました。 まずはしっかりと市場規模を把握して、何が問題なのか、どういった点が評価されて利用されているのかを明らかにする。そうすれば業団の人たち、鍼灸用具のメーカーの人たち、あはき師養成の教育関係、あはき業に就く人たちそれぞれの参考になるという思いで始めたわけです。 ―コロナ禍となり、鍼灸の受療率はどうなったでしょうか。 病院と比較すると鍼灸療法の受療率は、コロナ禍でも実はそんなに減っていないです。病院での診療を控えるということがあったと思いますが、治療院は心身の健康状態を維持するために通いたい、などの気持ちが高かったのではないかと考えています。患者に来ていただいていることは評価してよいと思います。 ―感染を防ぐ目的で鍼灸が求められたということでしょうか。 今回の新型コロナウイルスの特徴として、アルファ株は子供たちや若い人たちは感染しにくいと言われていました。オミクロン株では子供たちにも感染しましたが、感染しても重症化しない。それは自然免疫力によるもので、子供の方が強いことによるのではないかという指摘があります。現在はウイルスへの対抗手段の一つとしてワクチン接種が進められていますが、ワクチンは獲得免疫、特定のウイルスに対してミサイル的に防御しようとするシステムです。一方、自然免疫は、身体にとって害になる様々な病原体を片端から処理します。アルファ株の感染状況(子供にはかかりにくく、高齢者は重症化しやすい傾向)にみられるように、自然免疫力の強さが感染防御に影響を及ぼすことが示唆されたことから、感染しにくい身体づくり、身体の生体防御力をしっかりと高めるためには、自然免疫力を高めることが必要だということが分かったのではないかと思います。 ―鍼灸で自然免疫力を高め、コロナに感染しない、感染しても重症化しない、強い身体を作ろう、という考え方ですね。 昔から自然免疫力を高めるセルフケアとして日常の中に取り入れられていたのが、お灸であったと思われます。本学の基礎研究で、お灸(透熱灸)をしたラットとお灸をしないラット(対照群)に、それぞれに非常に毒性の強い病原体(ヘルペスウイルス)を与えて致死率をみたところ、致死率はお灸をした群の方が低く、対照群に比して有意差がみられた。その機序として、お灸をするとナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性が非常に高くなり、ウイルスを貪食して、しっかりと身体を守ってくれるということが明らかになった。ですからお灸はこのコロナ禍に感染予防対策として、重症化予防として必要ではないかと思いました。 また、コロナ禍で仕事もテレワーク、学校でも友達づくりがなかなかできず、人間関係の形成が難しい。こういったことはメンタルストレスという形で作用し、心身の変調を引き起こします。コロナは感染ということだけではなく、ライフスタイルを変容させ、それに伴う人間関係や精神状態までをも変えることを強います。すなわち人そのものまでを変容させます。そのような状況において、人間そのものを対象にして治療し、よい状態にすることができるのが鍼灸です。コロナ、ポストコロナを含めて、人間そのものを対象とする鍼灸治療が、今後、より強く求められるのではないかと考えています。 ## これから必要とされる医療そして鍼灸とはどんなものか ―人そのものを診る、いわゆる全人的医療という側面の他にも、鍼灸がこれからの医療に必要とされる要素はありますか。 東洋医学でいう「未病を治す」(未病治)ということが、これからの社会に求められる医療のかたちではないかと思います。また自分の身体は、自分でケアするという意識を持って生活していくことも重要です。未病治とこのセルフケアの意識の両者がうまく機能すると、健康維持・増進や病気予防につながるでしょう。 ―国の保健医療政策も予防医療(未病治)やセルフケアの重要性に注目していますね。 実際、国民医療費も介護費用もどんどん膨らんでいますから、このままでは財政破綻も見えてくる。厚生労働省は「保健医療2035」と銘打って、「2035年、日本は健康先進国へ」をスローガンに掲げ、将来の保健医療政策のビジョンを検討しています。こうした動向をみると、いよいよ「あはき」(あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう)の時代が到来したように思います。 ―実際に健康維持・増進や病気の予防を目的に鍼灸を利用している人はいるのでしょうか。 鍼灸治療を利用する人の目的は、運動疾患、肩こり・腰痛などの運動器症状の治療が大半(約80%)を占めます。しかし、健康維持・増進やリラクゼーションなどで利用する人は1割以下です。 国民の健康状態の指標を疲労でみると、疲労を訴える人は毎年増えています。以前は寝ると疲労が取れる急性疲労が中心でしたが、今は慢性疲労(6か月間疲労感を感じながら生活している状態)の人が多くなっています。疲労している人たちは、なんとか疲れた体をすっきりしたいと思って、手もみやボディーケア、リフレクソロジーを利用します。これらの業界(リラクゼーション業)は、着実に市場を伸ばしています。 未病治という観点から言えば、疲労状態も万病の元として解決していく必要があります。マッサージや鍼灸は除疲労効果が高く、心身をすっきりさせることができ、日々の生活を心地よくおくる効果をもたらし、それが健康維持・増進や病気予防にもつながります。ところが、残念ながら多くの国民は、あはきの施術所ではなく、リラクゼーションサロンなどに行ってしまうのが現実です。 ―心身をともにすっきりさせることができる鍼灸治療のよさが、疲労やストレスに悩む多くの人に、もっと知られるようになってほしいですね。 鍼灸治療院では、病院に行ってもなかなか改善しない慢性的な症状の患者が、多く来院します。何故、そうなのかと言えば、現代医学の要素分析的なアプローチでは効果が得られないからです。慢性的な症状に苦しむ患者には、心身全体の変調として捉え、心理社会的な観点から治療方針を立てることが必要です。鍼灸はその観点に立って診療に当たることから、現代医学で効果が得られなかった患者が来院することになります。  黄帝内経の核となる観点は、心身医学です。そのようなことから心身医学は、東洋医学そのものであったとの指摘もあるくらいです。その意味で鍼灸は心身医学的であると言えます。 これからの時代の疾病は、より心理社会的な病態が多発することから、鍼灸医療が主役になれる時代です。薬を使わず身体のメカニズム(自然治癒力)を積極的に使った治療ですから、これほど安上がりで身体に害がなく、感謝される医療はないと思います。 ## 鍼灸の患者は症状が改善しても心地よい日々を求めて通い続ける傾向がある ―鍼灸を利用したことのある患者は、鍼灸にどのような印象を持つのでしょうか? 以前の調査では、鍼灸院に通う患者の70〜80%がリピーターでした。例えば(主訴が腰痛だったとして)腰痛がよくなっても通い続けるのです。ふつうの病院や診療所なら、風邪をひいて、治ったら行かなくなりますよね。しかし、鍼灸治療院に通院する患者は、症状が改善しても来院します。何故かと言えば、治療してもらうと、その後、1週間から10日間、よい調子で過ごすことができるからと言います。この点、鍼灸がふつうの医療と異なり、患者が通院を継続するのは、自分の日々の生活をよい状態に支えてくれる大切な療法であると認識するからだということが質的研究により分かりました。 ―鍼灸を受けたあとはなんだか体の調子がよい、という印象を持ってもらうことが大事なんですね。 例えば、朝起きた時に身体の調子がよいと感じるのは「主観的健康感がよい状態」であることを示します。鍼灸治療が主観的健康感にどう影響を及ぼすのかを調査したところ、鍼灸治療を受けると主観的健康感が高まっていくことがわかりました。 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所(旧東京都老人総合研究所)が、100歳を超える長寿の老人(センティナノアン)を対象にした調査をしています。ふつうの老人と比較して、100歳老人は圧倒的に主観的健康感が高く、明るく無邪気で、人に対して優しいという特徴があったそうです。これが健康長寿の秘訣ではないかと私は思っています。前向きに生きるということ、身体の軽さ、心地よさ、なんとなく充実感を感じること、元気であることの実感。こうした主観的健康感を構成する要素を高める力が鍼灸治療にはあります。特に温灸の温かい刺激は、身体にとてもよいのです。皮膚を温めると心まで温かくなる、という力がお灸にはあります。 ―お灸の温かい刺激は人の感情を変える力がある、ということですか? 温かい刺激は心も温かくするというのは、身体心理学の分野で明らかにされています。例えば、こんな研究があります。人に温かいコーヒーか冷たいコーヒーを持たせ、ある架空の曖昧にした人物像に対して評価させると、温かいコーヒーを持った人は冷たいコーヒーを持った人よりも好意的な評価になりました。こうした温かいもの、温めることの効用を思うと、温灸は日々の心身の健康管理にとても大事なツールと言えますね。特に日本人は風呂好きですよね。温かい風呂につかることによって心まで和んで、リラックスし、ストレスが緩和される。お灸は家庭でセルフケアができますので、山正さんには灸による健康文化をぜひ広めていただきたいと思います。 ―ありがとうございます。昨年発売した「もぐさんの箱きゅう」の温灸を受けた患者様は、よく「お風呂に入っているみたい」と仰ると聞きました。大事な感覚ですね。 温かい心地よさの効果を生理学的に言うと、身体が持っている恒常性維持機能(ホメオスタシス)をよい状態にしてくれます。またメンタル的にも温かい刺激は受容しやすいので、治療者にとって大事な治療手段となります。 一方、人体にとって悪いものは酸化ストレスであり、老化の原因は主として酸化ストレスだと言われています。酸化ストレスは身体を錆び付かせる活性酸素やフリーラジカル(酸化を起こしやすい不安定な原子や分子)が原因です。研究では、メンタル的ストレスも酸化ストレスを高めることがわかっていますので、リラックスすることが大事になります。リラクゼーションを誘導するには温かい刺激が非常によく、箱灸をするとリラックスして寝てしまうということですが、これは大事な効果です。 お腹の調子をよくするお灸というのもおもしろいです。コロナなどの感染症と結びつけて言うとお灸で“腸活”ということです。腸には免疫細胞の70%ぐらいが存在し、外敵に対して対応することが教育され、戦士として体内に送り出され、侵入してきた病原体をやっつけます。これを腸管免疫と呼びます。感染しにくい身体づくり、すなわち生体防御力を高めるには、お腹の調子をよい状態に維持することが大事になってきます。便秘は腸内フローラの状況を悪化させ、免疫力にも影響を及ぼします。また、腸内環境の悪化は、肌荒れの原因となります。 また心を落ち着かせるセロトニン(幸せホルモン)ですが、9割も腸で作られています。よい状態のお腹は、心を落ち着かせ、リラックスさせてくれます。 ―温かい刺激やお灸は、人体にとってよいことずくめなんですね。メーカーとして、こうした効果を意識して商品を考えていきたいと思います。 感染症にかかる人、かかりにくい人、かからない人がいますが、その違いは、ひとつには自然免疫力の差によります。お灸には、心の安定化、免疫力の強化、心身の健康という効果があります。かつては家でお灸をすることは当たり前の風景でした。まさにお灸による養生です。もっとお灸による健康文化が広がるとおもしろいですね。 ## “医療モデルから社会モデルへの転換”の視点と、鍼灸師が持つ開業権の強み ―コロナ禍やストレスが厳しい社会の中で、鍼灸にできることはまだまだたくさんありますね。これからの時代に人々に鍼灸をもっと利用してもらうために、施術者は何をどう考えるべきでしょうか。 今の日本では自分の健康のために何かしよう、というと、「お金を出して健康を買おう」という意識が強いように感じます。健康はお金では買えません。自分の健康は自分の手で創る、自身が健康を創る主人公になる、といった意識が大事です。たとえば、自宅でお灸をするなどのセルフケアを行う。すぐに効果は上がりませんが、日々の生活リズムの中に定期的にお灸をする、あるいは運動をするとか、自分自身が健康づくりに参画していく。お灸をする際の心地よい体感や身体の調子がよいといった感覚(よい主観的健康感)を実感すること、この実感がお灸を継続させる力になります。 心地よい体感や身体の調子がよいといった感覚を通して、自分の健康を実感する、そういったことを周囲の人々に広めていくことも町の中で開業している鍼灸院に求められることではないかと考えています。対象は患者でけではなく、地域に住む生活者であり、地域そのものが健康を創造するフィールドになるように活動することが必要ではないかと思います。いわゆる医療モデルから社会モデルの転換です。 ―鍼灸院の中だけで治療が完結するわけではないということでしょうか? 鍼灸院は町の中で開業し、患者に通院してもらっています。つまり患者が来院するのを待つパターンです。鍼灸は高齢者が受療する割合が高く、おおよそ4割が60歳以上の人です(療養費では70歳以上で約50%)。待つパターンだけでは、超高齢社会に適さなくなります。ロコモティブシンドローム(運動器症候群)やフレイル(要介護状態に陥る前段階で心身の脆弱性が出現した状態)により通院することが困難になるからです。また地域そのものの交通機能が低下し、通院することが困難になります。このような状況を予想し、出かける医療、届ける医療の視点が必要になります。  今、医療のデリバリーが行われています。コールドクターとして医療を届ける(往診)といったシステムです。またドラッグデリバリーシステムも始動しています。食品のデリバリーはすごく増えていますよね。コロナ禍でITを駆使して、オンライン診療もOKということにようやくなった。 そういう世情の動向をみると、オンラインで健康相談し、生活指導する新しい形態(養生)も必要になってくると思われます。お灸をやってみたが、どうも効果があがらないので、どのツボがよいのかといった質問や、足が冷えるのでどのツボが良いのか、どのようにお灸をしたらよいのか?といったことをオンラインで気軽に相談できるシステムですね。これからのIT社会においては“オンライン”、超高齢社会においては“デリバリー”がキーワードになります。 それから、ソーシャル・キャピタル(社会や地域における人々の相互関係や結びつきを支えるしくみを重要視する考え方)に基づいた、新しい形での医療活動も必要になってきます。地域で開業している鍼灸師の先生方は、地域の人たちの健康リテラシーを高めるための情報を発信しながら、あなたたちの日常を鍼灸が支えていきます、と伝える活動を積極的にしていく必要がある。(治療院に患者が)来るのを待っているだけではダメなんです。出かけて地域の人たちと交流することが必要。様々な機会を作って、例えばセルフケアのツボ指導の会を催し、地域の人たちと交流することが大事だと思っています。 そうした交流は特に高齢者にとって重要です。例えば独居老人にとって、お互いにお灸をやり合う機会を設け、高齢者間での交流をはかることが認知症予防にもなります。交流する力、この力を発揮する工夫が必要です。特に高齢者の交流をどう促すか、コーディネーターという形で地域の中に参画していくセンスも、これからの鍼灸師には求められると思いますね。 ―社会やコミュニティを支える一員のような役割ですね。それが社会モデルということですね。 医療モデルから社会モデルに転換すると、健康支援や治療が生活の場で生活者(住民)を対象に行われることになります。そのことを考えた時に、開業権を持っている鍼灸師には大きなアドバンテージになります。ほとんどの医療従事者にとって、治療ができる場所は病院などの医療機関であり、医師の指導のもとでのみと限られている。独立開業して施術やケアができるのは、鍼灸師、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師、助産師のみ(一部看護師)。看護師は基本的には診療補助と療養の世話しかできない。(自身の治療院を開業して)治療できることの重要性、意義、すなわち開業権について、鍼灸師の先生方はいま一度、見直すべきです。 コミュニティの再生、例えば健康街づくりに積極的に参画するといったように活動することができるのが鍼灸師です。地元に根をおろして、やっていけるわけです。開業し、地域の人の健康を支えるような21世紀型の鍼灸院をどうデザインし活動するか。すぐ相談できる、いつでも相談できる、必要があれば訪問(デリバリー)する。生活指導のできる鍼灸師も非常に大事。治療だけをしていてはダメなんです。「あなたを診る」ことを専門とすることが、鍼灸師です。 開業している先生方には、他にも考えてほしいと思うことがいくつかあるのですが、私がずっとしゃべってしまって大丈夫ですか?(笑) ## ひとりの夢よりも、みんなの夢が実現するような鍼灸界の形を創りたい ―せっかくの機会ですので、先生の率直な思いをぜひお聞かせください。 多くの医師は、症例研究会を定期的にやっていますが、ほとんどの鍼灸師はやっていません。地域の鍼灸師同士が症例検討を介して情報交換し、よいものをお互いに学びあって進化させることが必要だと思います。 公益社団法人日本鍼灸師会の会員は5000人を割っています。公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会も昔は3万人いたと聞きましたが、今は8000人台です。学術団体である公益社団法人全日本鍼灸学会は2800人台。一方で就業鍼灸師は12万人と増えている。自分たちの職種をどういうふうに発展させていくかを考え、ともにやっていかないと、日本の素晴らしい伝統医療の活用の場は広がらず、受療率は高くなりません。 人体は、本来健康な状態を維持する様々な装置や仕組みを持っています。この装置や仕組みを活かして治療、ケアすることができるのが鍼灸で、これほど素晴らしいことはない。自然治癒力を基盤としたエコ医療を担っていることを意識し、誇りを持って、この業の発展を業団の利害を超えて皆で考え、協力することが必要なのではないでしょうか。 これからの時代の疾病構造の中心は、人そのものが病むような疾病になっていきます。IT化による社会構造の変化、人口構造の変容による社会の行方を捉え、これからの社会が必要とする、社会から必要とされる医療はどのような医療かを考え、鍼灸の姿、かたちを考えていかないといけない。肩こり、腰痛、膝痛などで来る患者を待っているだけでは、この業種は衰退し、消滅しかねません。国外に目を向けると、鍼灸医学は高く評価されています。中国、韓国、台湾、ベトナムなどの国では、伝統医師として西洋医師と同じ地位で活躍しています。また伝統医学を国のアイデンティティーとして発展を促進しています。 ―弊社も関与している国際標準化事業でも、中国や韓国は国を挙げて取り組んでいて、熱量を感じます。 中国や韓国、ベトナム、ヨーロッパやアメリカに比べると、日本は臨床研究が劣っています。日本では混合診療の壁があり、医療機関で臨床研究を実施できていない状況がある。日本鍼灸の技術や臨床力のエビデンスが求められる中で、医療機関とどう連携し、研究を促進していくか、全日本鍼灸学会でも課題としています。今後、混合診療の部分解除を勝ち取りながら、医療現場で臨床研究を進めることができればと願っていますが、そう簡単ではありません。 ―現状は臨床データを収集するには開業している先生方のところしかないということでしょうか。 開業している先生方のところでは、同じ病態の患者を一定数集めることは不可能です。RCT(ランダム化比較試験)による臨床研究は非常に難しい。現状でできることは、他施設同時割り付けで患者を仮に1000人集めることができれば、一定の臨床研究もできるはずです。以前、全日本鍼灸学会で企画したことがありますが、参加が少なく、大規模臨床試験は出来ませんでした。日本の現状を踏まえた臨床研究の方法論を検討しながら、実情にあった臨床研究を進めていけたらと考えています。そのためにも臨床研究の重要性について理解を求めていき、ワンチームで活動できるように話し合いを進めていくことが必要です。プロフェッショナリズムから言えば、業として社会契約として、いかに質のよい鍼灸医療を提供していくことができるかというプロ意識を持ち、学会や業団に加入し、一体となって活動してほしいと思います。 ―情報を交換する、研究を促進する、鍼灸界のビジョンを考える、そうしたことに業界全体で取り組むために、先生方が組織に参加されることはとても大事だということですね。 はり師、きゅう師一人ひとりがこの業をどう発展させるか真剣に考える。そのためには学会や業団に入って、発言しながら内部のエネルギーを高めていくことをし、協力しながらやっていく。一人の夢よりもみんなの夢が実現するようなことをやっていかないといけないと思います。 鍼灸には、実現したい夢がたくさんありますから。 ―これからの鍼灸について、課題とともに明るい未来を感じさせるお話をたくさんいただきました。ありがとうございました。 # 2. Closeup! 治療院 もぐさんぽ ―第1回― 田川 健一 先生 愛知県刈谷市 中和医療専門学校  1993 年卒 田川鍼灸治療院院長 1994 年〜 産婦人科医院から紹介される妊婦さんの逆子治療に取り組んでいる田川健一先生。 初めてお灸を見る妊婦さんに、長生灸を使った正しいセルフケアをおぼえてもらうこと、 毎日実践してもらうことに力を入れた治療を行っておられます。 今の治療スタイルを確立された経緯や、お灸への思いについて、お話をお聞きしました。 ## 妊婦さんからも産婦人科医院からも喜ばれる鍼灸治療 ―田川先生は地域の産婦人科医院と提携して妊婦さんのケアを主に行っておられるそうですね。 現在、2軒の産婦人科医院に週3回往診しています。 どちらの産科の先生も優しく、仕事に対して真摯に取り組まれ、東洋医学に理解のある尊敬できる方です。産婦人科医院への往診では、検診で医師に鍼灸治療を受けることが望ましいと判断された患者さんを診ています。逆子や、お腹の張り、切迫早産、便秘、腰痛、殿部痛、股関節痛、恥骨痛、足のつりなどの症状へ治療をおこなっています。妊婦さんは使える薬が限られているので、鍼灸治療で効果があると患者さんからも産婦人科医院からも喜ばれます。 ―逆子治療や妊婦さんのケアに取り組むようになった経緯をお聞かせください。 28年前に初めて知人と妻の逆子治療をおこない、どちらも治すことができました。2人とも担当していただいた先生が同じ方で、産婦人科医院の副院長でした。東洋医学に関心があるということで、どのようにお灸をしたのか見せてほしいと病院に呼ばれ、医療スタッフの前で冷や汗をかきながら妊婦さんに治療をおこなったことを覚えています。その後、その先生と鍼灸師の勉強会、医師の勉強会に誘い合うようになり、新たに産婦人科医院を開業するので一緒にやりませんかと声をかけていただきました。当時は産科の知識はなく、今のようにインターネットも普及していなかったので、手探りで逆子治療をスタートしました。院長先生から治療は好きなようにやってよいと任せてもらい、逆子の妊婦さんをたくさん紹介していただきました。妊婦さんは逆子が治らないと帝王切開ですし、当時は絶対に治さないといけないという大きなプレッシャーを感じていました。 ## 数多くの妊婦さんの症例から至陰を重視する方針へ ―手探りでスタートした逆子治療が、どのようにして現在の治療の形になっていったのでしょうか。 産婦人科医院への往診に加えて、ありがたいことに産婦人科医院から患者さんを紹介していただけるので、治療院でも逆子の妊婦さんを診させていただくことが多いです。おかげで、妊婦さんに特化した症例を多く診ることができ、その経験を通して至陰へ繰り返しお灸をおこなうことが重要で、逆子治療に効果的であるということがわかってきました。 ―至陰を重視してお灸をするという方針になったのですね。 数多くの妊婦さんの症例から、妊娠中のトラブルは三陰交より至陰の位置とお灸の刺激量が重要だと考えるようになりました。私の個人的な考えでは、至陰で効かせて、足りないところを他のツボで補う。至陰にしっかりお灸をしないで、腰痛や便秘のツボだけにやっても、妊婦さんの場合、症状は改善されにくいです。 【写真注釈】 至陰は、教科書通りの位置ではなく、爪の付け根を取る。多くの逆子の妊婦さんが熱さを感じなかった点がそこだという。 【写真注釈おわり】 ―逆子だけでなく、他の妊娠中のトラブルに対しても至陰で対応されているということでしょうか。 逆子の人は便秘も腰痛もある人が多いですが、逆子の治療をしていると逆子以外にも腰痛が治ったり便秘が治ったり、足がつらなくなったりすることに気がつきました。逆子の妊婦さんはお腹が硬く張っていることが多いです。症例が増えるなかで、しっかりとお灸をしてお腹の張りさえ取ってあげれば、他の症状も一緒に治ることが分かってきました。妊娠中の諸症状にはお灸が効きやすいです。 ―妊婦さんへのお灸のケアは、今では知られているイメージがあります。 往診先の産婦人科医院以外にも自ら調べて治療院に来られる方もいます。その時は、妊婦さんが通われているかかりつけの先生から許可を取るようお願いしていますが、20年前は「お灸なんて知らないし、やめておいて」と言われてしまうことがよくありました。ここ数年は、「お灸をやっても構わない」と理解が得られるようになってきたので随分変わったなと思います。ただ、一般的にはお灸の効果はまだまだ知られていないと思います。 【写真注釈】 治療院と産婦人科医院で長生灸200壮を販売してくださっている。 【写真注釈おわり】 ―お灸をすすめられた時の妊婦さんの反応はどうですか。 お灸を知らない、見たことない、熱くて火傷しそうなど、あまりよくないイメージをもたれている方も多いです。そのため不安や心配を抱え、緊張した様子で受診される方も少なくありません。しかしお灸はよもぎからできていて、ツボを覚えれば自分でやれること、逆子、腰痛、便秘などが治ることを具体的に説明して、実際にお灸を体験し効果を実感してもらうと抵抗がなくなり、お灸に興味を持ってくれる方が多いです。 ## 妊婦さんの自宅施灸に治療の的を絞る ―妊婦さんに覚えてもらうセルフケアの内容を教えてください。 産婦人科医院でも治療院でも使用している自作の資料があるのですが、これに則ってやります。脚のマッサージとお灸のやり方をまとめてあり、マッサージは急にお腹が張った時の応急処置用です。妊娠中の便秘、腰痛、逆子などは「お灸を使って自分で改善できますよ」と案内しています。お灸は家で1日3回以上して、マッサージは外出先で困った時にやる。この2つがあれば仕事にも行けるし、普通に生活ができるようになりますとお話ししています。 ―お灸はどのようにご案内していますか。 まず、お灸はよもぎの葉からできていることをお話しし、長生灸ハードタイプを見せます。それからツボを取って三陰交と至陰を教えます。「お灸は熱くなったら取ってください」と説明しながら、実際におこなっていきます。はじめにすえやすい三陰交に、次に手が届きにくく、姿勢に工夫が必要な至陰に、という順です。三陰交のツボは大きくて分かりやすいですが、至陰のツボは小さく分かりにくいので教えるのが難しいです。灸点ペンで印をつけて、お灸を乗せる時は長生灸の六角形の台座の中心ではなく、角の端の方が印に密着するように指導します。位置を確認し、乗せる練習をしてそれから火をつけると、逆子などのトラブルがある人は熱さを感じません。次に、わざと間違った位置にずらしてお灸をすえると、皆さん「熱いっ!」といわれます。お灸をすえる位置によって、熱さに違いがあることに驚かれます。この違いを体験してもらい、至陰の正しい位置にお灸ができている時の感覚を覚えてもらいます。お灸のあと、お腹の張りが取れて赤ちゃんがよく動くようになります。 ―至陰への長生灸の貼りつけ位置が独特ですね。 教科書的には至陰のツボは爪の角の外側から一分ですが、その位置にお灸をすると、すぐに熱くなります。熱くない場所を探りながら少しずつ位置を変えていった結果、爪の生え際ギリギリの位置が効果の高いポイントだとわかりました。ほんの少しの違いですが、この位置にこだわることが治療のキーポイントだと思いました。それまで使っていたお灸は台座が丸く、至陰を的確に捉えることが難しくなりました。そこで、台座が六角形の長生灸を使ってみたところ、台座の角を至陰にピンポイントで当てることができたので、これはちょうどいいぞとなりました。実際に長生灸の角を至陰に密着する方法に変えてから、効果が上がりました。 ―この方法を妊婦さん自身に覚えていただく必要があるということですね。 もっとも重要なのは、効果的な至陰の位置に繰り返しお灸をすることです。週一回の治療では全然足りません。でも、週に何回も通ってもらうのは時間的にも経済的にも負担が大きいため、妊婦さん自身に自宅施灸をおこなってもらいます。自宅施灸なら自分でできるし、毎日やることで効果が出やすくなり、効果を実感できるとやる気も出ます。妊婦さんが効果的に自宅施灸を続けられるように自宅でやるツボの箇所は少なくして、効くところだけに集中してしっかりすえられるような指導をしています。 【写真注釈】 至陰には長生灸ハード、三陰交には長生灸ライトを使いたいが、妊婦さんの経済的負担を考えて長生灸ハードだけを買ってもらい、熱くなったら途中で取りはずす使い方を教えている。 【写真注釈おわり】 ## 妊婦さんが自信を持って正しい位置に施灸できるようになることが大事 ―自宅でのお灸、皆様サボってしまわないのですか。 産婦人科医院の先生に言われたから仕方なく来ましたという人、面倒くさいという人など様々な方がおられますが、妊婦さんはとにかく困っているし、不安もあるので、お灸を続けてくださる方が多いです。一度教えて一週間後に来た時に「効いている感じがしない」という人の場合は、ツボの場所がずれていたり、数が足りていなかったりします。その時に、「数が足りないよ」「場所がずれているよ」と修正してあげると上手にやれるようになるので、ちゃんと効果が出てきます。効果が出るとサボらずやってくれます。 ―経過を追うことが大事なんですね。 初診から一週間以内にもう一度来てもらいます。その時に自宅施灸の位置が間違っていないか、刺激の量や回数は足りているかを確認しています。腰痛や便秘の状態を確認して、よくなっていなければ逆子治療もうまくいっていないと判断します。初診の時と違い、治療というよりも自宅施灸が正しくできているかをチェックするために来てもらっている意味合いが強いかもしれません。妊婦さんが自信を持って正しい位置にお灸ができるようになることを大事にしています。逆子の場合は治るまで週1回、帝王切開が迫っている方は週2回通ってもらいます。 【写真注釈】 カルテはほぼ妊婦さんのもの。産後もお灸に頼ってもらえるような働きかけができないか、今後の課題と話す。 【写真注釈おわり】 ―先生のお話をお聞きしていると、妊婦さんへの深い理解があることがうかがえます。そうした理解や産科の関連知識を、どのように身につけられたのでしょうか。 基礎的な知識や接し方は、講習会や勉強会で学んでいきました。また産婦人科医院内の勉強会や症例報告が実践的で役に立っています。検診では問題のなかった妊婦さんでも、数時間後に突然容体が急変することがあります。こうした症例を実際に見聞きし、経験で学んだことが大きいです。容体が急変する前に「何かおかしい」「いつもと違う」といった些細な兆候を見逃さないことが重要です。 ―妊婦さんに対する治療だからこそ気を付けている点を教えてください。 妊婦さんの様子がいつもと違う時は、すぐに病院で診察を受けるように伝えます。少し体調が悪いと感じて、いったん私に相談してみてから病院に行こうと考える妊婦さんもいます。しかし、短時間で容体が急変し、流産や胎児死亡など母子の命に関わる危険な状態になることも考えられるため、少しでもおかしいと感じた時は、構わず病院に行くように促しています。実際にそのようなケースも見ているため、この方針だけは絶対に譲れないです。 【写真注釈】 妊婦さんの些細な変化を見逃さず、おかしいことがあればすぐ病院に行かせることを徹底しているという。 【写真注釈おわり】 ## “お灸に助けられている” ―妊婦さんのケアにお灸を活用してくださり、メーカーとしてうれしい限りです。先生にとってのお灸はどんなものなのでしょうか? お灸の場合は熱くないところを見つけて、ツボさえ取ることができれば効果が出ます。 開業した当時、鍼治療は難しく全く自信がありませんでした。そんな時に、ぎっくり腰の患者さんにお灸をしたら劇的によくなったんです。お灸はすえた時に熱いと感じれば適切な位置からずれている、熱くなければツボの位置は合っていると判断できます。くり返しすえて熱くなってきたらやめればいいので刺激量もわかります。逆子治療を始めた当時、経験の浅い私にとってお灸はわかりやすい判断基準を示してくれたので、効果が出せました。今でも初めて診る症例にはお灸でのアプローチを試みます。だから“お灸に助けられている”と思っています。 ―これからのお灸に望むことは何ですか。 鍼灸師にお灸の楽しさとすごさを体験することができる機会があればいいなと思います。15年以上前に山正さんに工場見学に行かせていただきましたがとても楽しかったです。鍼灸師や学生さんにも、もぐさ作りや工場見学を通してお灸に興味や関心を持ってもらい、お灸のよさを知ってもらいたいです。お灸を知らなかった妊婦さんでも、1時間弱練習すれば自分で逆子や腰痛のお灸ができるようになります。多くの人にお灸のよさを体験してもらえるといいですね。また、患者さんにお灸のにおいや煙について尋ねることがありますが、においについては「いいにおい」「嫌いじゃない」と気にされる方は意外と少ないです。人工的なにおいは好き嫌いが分かれますが、質のよいもぐさのにおいは「懐かしい」「癒やされる」と言っていただけます。ただ、煙は気にされる方が多いです。部屋が汚れないか、髪や服ににおいがつかないかという質問を受けることもあります。もぐさ本来の自然なにおいで、かつ煙の量が少ないお灸があれば、普段お灸をしない人にも受け入れてもらいやすいと思います。 ## 鍼灸師としての目標は、続けること ―最後に、先生の目標をお聞かせください。 私の目標は恥ずかしながら “鍼灸師を続けること”です。若い頃は思うようにいかず、やめたいと思ったことが何度もありました。それでも、とにかく続けることを第一に考えて仕事をしようと目標のハードルを下げたら、気持ちが楽になりました。長く鍼灸師を続けるためには、休まないように自身の健康にも気をつけなければならないし、治療の成果をあげるために勉強も必要です。ひとつのことを継続していくことは簡単なことではありませんが、続けてきたからこそ経験を積んでできることが増えました。これからも、この仕事を地道に続けていこうと思っています。 # 3. リサーチ!わたしの鍼灸治療 〜もぐさんの箱きゅう編〜 吉田 美江 先生 石川 翔子 先生 ひじり治療院 愛知県岩倉市 女性の施術者であることを活かし、フレンドリーで接しやすい雰囲気を心掛けている。食育にも力を入れており、患者との勉強会を通じてヘルシーな食材の試食会や情報交換も行う。 ひじり治療院さんの箱灸メニュー @いちもぐさん 600円(20分) お腹、腰、背中のお好きな1ヶ所! A背中もぐさん 1500円(20分) 背中〜腰にかけて贅沢に3ヶ所! Bウラオモテもぐさん 2000円(40分) 背中・お腹の4ヶ所フルコース! ―箱灸を使った施術のメニューがとてもユニークですがどんな意図があるのでしょうか? 吉田 患者様がどこに乗せたいと思うかを考えた時に、お腹や背中が多いだろうと思っていました。実際に製品を試して、お腹は1個でちょうどよかったのですが、背中に3個乗せるのがとても気持ちよくて。身体全体を温めたければ、お腹も背中も施術した方がよいとおすすめすることがあるので、「ウラオモテもぐさん」というコースも作りました。人によって今日はお腹や背中だけでよいですとか、追加したいですとか、お財布事情もあると思うので、いろんなニーズに応えるために最終的にはこの3コースになりました。 ―箱灸自体を「もぐさん」と呼んでくださっているのですか? 吉田 そうです。あと、予約の時に患者様に言ってほしかったというのがあって(笑)。「今日はいちもぐさんお願いします」みたいな感じですね。“もぐさん”って聞くだけでホンワカするじゃないですか。最初は患者様も恥じらいがあるので、「あの新しいメニュー」とか言うのですが、最近はちゃんと“もぐさん”と言ってくれる人が増えてきました。 ## 気持ちを緩めることができる箱灸ならではの温熱刺激 ―どのコースが人気ですか? 吉田 「背中もぐさん」が一番多いです。「いちもぐさん」では、お腹か大椎が多いですね。 石川 購入してから自身で試した時に、肩甲骨の間と仙骨に2個でやってみたんですよね。 吉田 仙骨にしたら、だいたい全身が温まるので十分だと思っていたんです。でも試してみたら、もう1個欲しい、背中の真ん中も温めたいと思ったので、もう1個買ってしまいました(笑)。3個乗せて試してみたら、ちょうどいい感じになったので、これだったら患者様にも満足していただけるかなと。 石川 自律神経が乱れている患者様が多いので、背中を温められて良いな、と思います。 ―温灸器を使った施術には以前から関心があったのでしょうか? 吉田 患者様の中には、一般的な台座灸の治療として効かせるような“キュッ”とした刺激のお灸が苦手で、ほんわかしたいっていう人がおられるんです。寒い時期は全体的に温まった方が患者様に喜んでいただけるので、台座灸だけでなくそういった全体を温めるものと併用できたらいいな、とずいぶん前から思っていました。 ―箱灸の「ほんわか」な温熱刺激が大事なんですね。 吉田 感覚神経で温かさを感じる範囲が狭いのと広いのでは、明らかに気持ちいいと感じる部分が違います。プラセボ的な効果というか、気持ちを緩められると私達は思っています。私が試した時は仙骨の上に乗せた箱灸のおかげで、足まで温まっていることがちゃんと感じられたのと、セラミックの効果もちゃんと感じられました。炭化もぐさのにおいも全然違うので。 ## 昔ながらの箱灸ではにおいと煙が充満 もう無理だねってあきらめていた 吉田 治療室は一般的なものより強い換気設備を備えていますが、昔ながらの箱灸ではにおいと煙が充満してしまって、もう無理だねってあきらめていました。別の温灸器を試したこともあるのですが、結構臭いねって言われたり、熱さの調節が難しかったり。ある時販売店さんのホームページを見たら、「もぐさんの箱きゅう」が載っていて、そこから山正公式インスタグラムを見て購入を決めました。 石川 衝撃だったよね。においと煙がない! 吉田 嬉しかったです。あと、この炭化もぐさって(開発するのに)苦労されたんじゃないですか? ―はい。もぐさだけを使った炭化もぐさなので、製法を確立するのが大変でした。オリジナルの製法です。 吉田 なのに安いですよね。煙が出なくて、炭化もぐさ1個あたりがこのお値段というのには本当にびっくりしています。 ―患者様にはどのようにおすすめされているのでしょうか。 吉田 知っていただくためにまずはご案内しますね。今のお体の状況であれば全体的に温める箱灸の方がおすすめですよ、という風に。あとは癒やしの目的で来られている方には、気持ちいいのでやってみませんか、という風にまずご案内して、気に入られた方には次回の予約をお願いしています。 石川 鍼が苦手な人で、でも鍼灸の刺激を入れた方がいいなっていう人には、痛くもないし熱くもない気持ちいい感じでお灸の効果を得られますよ、とおすすめすることが多いですね。鍼灸院のイメージがついているので、鍼灸治療を希望される方も多いんですけど、意外と苦手な方もいます。ただちょっと整体だけでは足りないなあ、という人には、おすすめしています。 吉田 鍼灸で全身治療をさせていただく中で、今日はここが冷えていますよと、例えばお腹と言っても広いので、もっと具体的に言ってあげます。下腹部の丹田を温めるなどがメジャーになりますけど、患部を温めた方がいいですよ、と言っておすすめします。 ## 背中を箱灸で温めるとリラックス効果で背骨の可動域が広がる ―箱灸の施術によって、どんな改善がみられますか。 石川 可動域が広がったり、関節がよく回るようになったり。もちろん筋肉の硬さも変わりますし、冷えていたところが温まり、皮膚の血色も良くなっています。 吉田 (可動域が広がると)血液循環能力が上がったとすぐわかります。あとはストレスを抱えている方。背中側にストレスの反応が出やすいので、そこを箱灸で温めると、リラックス効果が出て、より背骨の可動域が広がって寝やすくなる。うちで背中もぐさんが一番人気な理由です。 ―鍼や他の治療もされる中で、箱灸はどのタイミングで使われるのでしょうか。 吉田 全身の鍼灸治療をやって最後に、というパターンが多いですが、その時々によりますね。人によっては先に箱灸の施術を受けてもらい、緩んでから施術をします。患者様の予約の入り具合で変わるときもありますし。体の状況によって、緩んでもらってからの方が調整しやすいなという方には、「今日は先にもぐさんしますね」とご案内して施術します。 ## ちょうどいい20分の温熱刺激 ―患者様の感じる温度の違いへの対応は何かされていますか? 吉田 付属の専用タオルだけで済む方と、肌着の上からされる方もいます。タオルだけでは少し熱かったという方には、この服の厚みならこのぐらいでいきましょうっていう感じですね。ふたの通気口はいつも全開で、20分くらい。なので温度は服の厚さだけで調整しています。 石川 そういえば(もぐさんの箱きゅうの温熱の持続時間が)20分っていうのもとても良いですね。あんまり長いと同じ姿勢でしんどくなってしまうので。患者様の中には20分間ですって言うと、「結構長いんですね」と言われる方がいますが、実際に施術を受けたあと「もう終わったんですか」って言われます。意外とあっという間という反応なので、ちょうどいい長さだと思います。 ## 美顔鍼だけのもの足りなさを箱灸をとりいれて解消 ―箱灸の施術について、今と違った使い方や、こういう発展をさせようというようなお考えはありますか。 石川 いわゆる美顔鍼、美容のメニューに(箱灸の施術を)セットで組み込んでみたいと考えています。顔も体と繋がっているので、いったん全体的に緩ませたい。なので背中をまず(箱灸で)緩めて、顔の鍼と同時にお腹をあたため、いいとこ取りになるように。鍼とお灸で、癒やしと美容が両方できると考えています。美顔鍼は比較的人気メニューで、お顔の鍼だけでも効果は出るのですが、そこに箱灸を追加することで満足度が高まると考えています。普通の台座灸をやるよりは、箱灸の方がいいなと思いました。箱灸をやるだけでも顔が変わってくると思うし、全体の流れが良くなれば持続性も上がると期待しています。メニューを今ホームページに載せようと思って作っているところです。 # 4. 山正ニュース ## 鍼灸材料の製造販売事業を通じたSDGsの実現に向けた取り組みを定めました  SDGs(Sustainable Development Goals・持続可能な開発目標)とは、持続可能なよりよい世界を目指すため、国連サミットにおいて採択された国際的な目標です。弊社は国際社会や地域社会の一員として、SDGsの取り組みに参画するため、事業を通じて取り組むSDGsを検討し2020年12月に宣言を行いました。鍼灸の発展や環境保護、地域貢献などを柱とした具体的な目標に対し、取り組みを継続していく所存です。詳しい内容は弊社webサイトの会社概要に掲載しております。 ## 「長生灸ソフトを使用した顔へのお灸」 オンラインセミナー企画が始動  感染症の不安なくセミナーを受けていただけるよう、オンラインセミナーの開催に向けての準備を進めています。従来の対面セミナーでは講師(唐沢具江先生)による実技供覧が好評でしたので、オンラインでは実技を動画でご覧いただけるよう企画しています。収録を昨年12月本社にて実施し、現在は動画の編集作業中で、テキストや講義内容のアップデートも同時に進行中です。当セミナーには再開のご要望を多くいただいておりますので、早く開催できるよう、精力的に取り組んでいきたいと思います。 ## 健康経営優良法人に認定されました  健康経営とは社員の健康管理を経営的な視点で考え、実践することです。県の2021年度のデータによると、滋賀県は男性の平均寿命が81.78歳と全国1位、女性の平均寿命は87.57歳と前回の12位から4位と、さまざまな施策を実施する“超健康優良”県で、弊社も古くから「やいと」で地域の健康と密接な関係を築いてきました。人々の健康に携わる企業として、まずは自らが健康について深く考えることで、鍼灸を通して人々の健康生活に貢献する会社を目指します。 ## 優良申告法人に認定され、長浜税務署より表敬状をいただきました  優良申告法人とは、税務調査において「申告納税制度の趣旨に即した適正な申告と納税を継続し他の納税者の模範としてふさわしいと認められる法人」として、所轄税務署長が表敬する制度です。優良申告法人に選定されるのは、法人全体の約1%足らずと言われています。  弊社はこの度初めてこの優良申告法人の認定をいただきました。これからも地域社会に貢献する企業として努力を続けていくとともに、公正な企業として皆さまに安心してお取引していただける企業として精進してまいります。 最新の情報や各事業の詳細はホームページやSNS公式アカウントで随時発信中です! # 5. おいしい東洋医学 東洋医学には欠かせない食養生や医食同源の精神 季節に合わせた食養生の楽しみ方について 唐沢先生流の暮らしへの取り入れ方を紹介します 唐沢 具江≪からさわ ともえ≫ 先生 Pubicare Salon 白金台 ピュビケア はりきゅう 鍼灸ディレクター 漢方アドバイザー/ 漢方臨床指導士 弊社「顔へのお灸」セミナー講師を務める。漢方薬局での勤務経験から海外での生薬の買付、イベント視察、薬膳ツアー引率などに携わる。現在も生薬や韓方の学びを臨床に生かすべく様々な活動に取り組む。 春は発陳≪はっちん≫と言い、冬の間に眠っていた古いものが押し出され、新しいものを発生させる季節です。気の上昇が起こりやすく頭痛、めまいなど頭頸部や目、顔に症状が出やすい季節です。また、吹き出物やアトピーなどの皮膚疾患、眠っていた持病やアレルギーなどが再発しやすい時期です。排出が高まるタイミングなので春の山菜を摂ると毒素排出に効果的です。熊が冬眠から目覚め、まず食すのも山菜だそう。熊も食養生をしているんですね。 ## 春の生薬/食材 ### 菊花≪きくか≫ 四気 微寒 五味 甘苦辛 帰経 肝肺 食用菊の頭状花を乾燥させたもの。不老長寿の霊薬と信じられた。疲労、消化不良、喉の痛み(カゼ初期)、花粉症による目や頭の熱感・痒みに対して用いられる。まくらに菊の花を入れると、「頭無冷痛」頭を冷やし頭痛に効果があるので偏頭痛(血管拡張型)持ちの方にオススメ。 ### 枸杞子≪くこのみ≫ 四気 平 五味 甘 帰経 肝腎肺 東アジア原産のナス科の落葉低木クコになる果実。副作用のない万能薬と知られ、根皮も地骨皮(じこっぴ)という生薬として用いられる。白内障予防などにも。欧米ではゴジベリーと呼ばれ、スーパーフードとして注目される。 【写真注釈】 1. 杞菊茶≪こぎくちゃ≫春の生薬を用いた漢方茶。菊花と枸杞子を1:1の割合でブレンドし、お湯を加えたもの。中国では一般的に飲まれる。 2. ミントや薄荷を加えたアレンジレシピは辛涼解表の効果で花粉症による熱感や鼻詰まりの改善を期待できる。 3. 35度以上のリカーか焼酎に約1ヶ月漬け込んでつくる菊花の薬酒。アルコール度数が高いと成分抽出がよいものができる。 4. 補気作用のある鶏を唐揚げにし無農薬食用菊、香菜(肺脾)を散らす。 5. 腎血を補う黒米を炒飯にし、無農薬食用菊・パセリ(肝脾肺)をトッピング。 6. 甜杏仁粉を使った杏仁豆腐(潤肺・潤腸)に枸杞子のソースをかけて。 【写真注釈おわり】 【記事注釈】 季節と暦について 立春・立夏・立秋・立冬を各季節のはじまりと考え、季節を意識した生薬や食材選びをすることが大切です。 2022年の暦 立春 2月4日 立夏 5月5日 立秋 8月7日 立冬 11月7日 生薬について 生薬の分類は食品か医薬品に分かれ、食品分類のものは一般的に購入が可能。 生薬のパラメーターについて 四気 寒熱温涼の4つの性質を表す。体を温める「温熱性」など。 五味 食材が持つ酸苦甘辛鹹の5つの性質を表す。 帰経 どの臓腑・経絡に作用するかを表す。 【記事注釈おわり】