季刊すえとこ 第2号 鍼灸師とお灸メーカーをつなぐコミュニケーションマガジン 「すえとこ」というタイトルには、「お灸をすえるところ」=「ツボ」「治療院」という意味を込めています。お灸をすえる習慣がもっと根付いてほしい、そのために鍼灸師の先生方との情報交換やつながりを広げる場を創りたい、という思いで2022年4月に創刊しました。毎号株式会社山正の社内で制作し、メーカーの目線で様々な事例や話題をご紹介・発信いたします。先生方の治療活動に役立つような情報やアイデアを読み取っていただければ幸いです。 # 目次 ## 1. 巻頭インタビュー 新潟から発信!チーム医療で輝く鍼灸師と鍼灸の可能性 粕谷 大智 先生(新潟医療福祉大学) ## 2. リサーチ!わたしの鍼灸治療 藤田 千恵美 先生・藤田 幸久 先生(まるさんかくしかく 鍼・灸・マッサージ) ## 3. おいしい東洋医学 唐沢 具江 先生 ## 4. Closeup!治療院 もぐさんぽ 鋤柄 誉啓 先生(お灸堂) ## 5. 山正ニュース 発行 株式会社山正 2022秋号 Vol.2 2022年7月20日発行(季刊) # 1. 巻頭インタビュー 新潟から発信!チーム医療で輝く鍼灸師と鍼灸の可能性 粕谷 大智 先生 新潟医療福祉大学 鍼灸健康学科 設置準備室室長 教授 粕谷先生は東京大学医学部附属病院リハビリテーション部鍼灸部門(以下、東大病院)で33年間、鍼灸師として「チーム医療(※)」を実践されてきました。現在は2023年4月新設予定(認可申請中)の新潟医療福祉大学「鍼灸健康学科」の設置準備に取り組まれており、チーム医療で活躍できる鍼灸師の育成、新潟県での新たな鍼灸事業や臨床研究の計画・実行にも携わっておられます。医療機関における鍼灸治療の実情や実践、新潟医療福祉大学での教育や事業の展望についての最新のお話を通じて、チーム医療と鍼灸の可能性をお聞きしました。 【記事注釈】 ※チーム医療:患者一人ひとりに合わせた質の高いサービスを提供するために、様々な専門職が一つのチームを形成し、連携・協働しながら治療やケアを行うこと。 【記事注釈おわり】 ## チーム医療の現場とお灸 ―東大病院ではお灸はどのような場面で使われていましたか? お灸は結構使っていました。ただ、台座灸が多いですね。例えば、長生灸ソフトは温感がちょうどよくて、首回りにもよく使います。顔面神経麻痺の後遺症で顔の筋がこわばる疾患の患者様に非常に評判がよいですね。基本的にお灸(台座灸)は、患者様に自宅でセルフケアをしてもらうというのが前提です。治療室ではお灸の温かさや気持ちよさを実際に体験してもらって、あとは自分でやっていただくというように使用していました。 ―お灸ならではのよさが発揮できたような事例はありますか? 例えば、肺ガンや他のガンが進行している患者様は、呼吸が苦しい状態になってしまいます。呼吸困難は痛みよりも辛くて、プールに潜っていて息が苦しいような状態がずっと続くわけです。そういった患者様から看護師に「呼吸が苦しい」と訴えられても、できることが限られてしまうのでケアしたくてもなかなか難しいですよね。私たち鍼灸師も首回りに鍼をしようにも、患者様は痩せておられるためそれもできない。そういう時に、呼吸補助筋、例えば斜角筋などに台座灸をしてあげます。それで筋が緩んですごく呼吸が楽になります。患者様もお灸ならではのソフトな刺激や温感が気持ちよいと喜んでくれます。 他には、セルフケアのお灸で患者様のバランス機能を向上させることができた例があります。足の裏には体のバランスを制御する固有感覚受容器(メカノレセプター)があり、冷やすとバランスが悪くなり転倒するという論文(注1)があります。そこで足の裏へのお灸で温熱刺激をすると、ふらつきがなくなるとか転倒しづらくなるという結果(注2)がしっかりと出て、リハビリの専門医にもすごく喜んでもらえました。お灸をすえるツボの場所は私たちが指導する必要がありますが、セルフケアとして毎日、定期的にできる。それがお灸のよさだと思います。 ## ウィズコロナだからこそお灸はとてもよいセルフケアツール ―東大病院では医療従事者へのお灸ケアもされていましたね。 2020年に新型コロナウイルスの感染者が増えた当時、医療従事者は精神的に消耗していました。休暇や給料など待遇面での調整はあっても、新型コロナウイルスがどういう病気でどれくらい怖いのか、先が見えない状況だったためです。ストレスを抱えたまま勤務した結果、患者様を転倒させてしまうといった医療過誤が増えました。それで医療従事者に対するストレスケアとして鍼灸治療を提案し、鍼灸ケアがスタートしました。治療は30分、あとは台座灸を渡して自宅でお灸によるセルフケアをしてもらうよう指示しました。当時、医療従事者は家族間感染防止のため帰宅できず、病院が用意した宿泊施設に半年ほど入居していました。職場で1日緊張した後にする数分間のお灸ケアは「本当に気持ちよい、ゆっくり眠れる」とすごく評判がよくて、うれしかったですね。 今もまだコロナ禍で、在宅ワークやオンライン業務でストレスを感じている人は多いと思います。今みたいなウィズコロナだからこそ、温熱ケアができるお灸は自分でできて、継続もできますし、セルフケアにはとてもよいツールだと思います。 セルフケアによって痛みや様々な不定愁訴を改善することができることはわかってきているんですけど、セルフケアというと運動やヨガがメインどころ。鍼灸は一般の方にとっては敷居が高いというか、知られていません。認知、啓蒙されないといけないですよね。テレビなどでの啓蒙活動もそういった意味ではよい効果があると思いますし、必要ですよね。 ―医師にお灸を伝える際の課題にはどういったことがありますか? まず、お灸の基礎研究や臨床研究は鍼と比べるととても少ないということ。お灸は慰安や気持ちよさだけではなく、治療を目的として用いる事例もたくさんありますが、データがないのでその効果を発信できないのが現状です。 それからもう一つは、鍼と比べるとお灸の熱刺激は基準を作りにくいということ。鍼は皮下何センチとか、どの組織を刺激するとか基準を作りやすいですよね。お灸の場合は、皮下から組織にどのぐらいの熱が伝わって、それがどういう機序でどうなるのかというところがいまいちわかっていません。そのため医師に伝えるとなると、伝えづらいですよね。それはメーカーさんだけではなくて鍼灸に携わる人たちがしっかりとやっていかなければいけない部分です。 一方、昨年11月の全日本鍼灸学会関東支部の学術集会は、基礎と臨床の観点からお灸の効果を扱うテーマで開催されました。今までの支部学術集会の中で最高の参加者500人近くが集いました。シンポジウムでは富永真琴先生(注3) による温度受容のメカニズムと生理機能に関する研究(注4) が紹介されました。私も先ほどお話しした足底部に対する灸刺激の報告をさせていただいたので、(医師に伝えられるような研究が)出てきてはいるんですけどね。 ―東大病院の医師はお灸についてどんな認識を持っていますか? 20年くらい前は、医師とのカンファレンスで「お灸で火傷しないか」、「火傷すると病気を持っている方は感染を起こしやすいがお灸をしても大丈夫か」といった質問がありました。これらはいじわるな質問ではなくて医療従事者として当たり前の質問ですので、その都度真摯に答えてきました。今では「何℃くらいの温感だったら、この疾患の筋の拘縮、筋肉痛は楽になるか」といった、より具体的な質問が来ます。「こういう疾患で痛がる患者様がいて、お灸や鍼だとどういうことができますか」といったことも聞かれます。そのときには、お灸の温熱刺激は拘縮を緩和したり、ガンの患者様の呼吸困難を少し軽くしたり、そういった事例を紹介しています。 また、東大病院のリスク管理マニュアルにお灸のことを載せて知識を共有しています。医師への説明を繰り返しお灸への理解を積み重ねることで、ネガティブな認識がなくなっていったのだと思いますね。 ## 他の医療スタッフの役割を理解したうえで鍼灸の役割を提示する ―最初は鍼灸に対してネガティブな認識が持たれていたのでしょうか。 私が東大病院に入職した時は、ほとんどの医師は鍼灸に対してネガティブな認識とよく分からないという認識を持っていました。それは鍼灸のことを知らないからです。「鍼なんかで何がよくなるんだ」と言われることもありましたが、勉強会でその都度鍼灸の役割を提示し、論文を紹介するといったことを積み重ねて信頼関係が徐々にできていきました。 鍼灸を知らない医師に「鍼はよいものだから鍼をやらせてくれ」と言うのは、「ここに悪霊がいるから悪魔払いしたほうがよい」と言うのと一緒です。鍼灸を知らない医師には全然響かない。しっかり信頼関係を築いて「粕谷がやるんだったら大丈夫だろう」と思っていただけるようになれば、一番よいと思うんですよね。 ―そのような信頼関係を築くために一番重要なことは何でしょうか? 東大病院リハビリテーション部でいうと、鍼灸師以外に医師・理学療法士・作業療法士・臨床心理士・言語聴覚士が所属しています。その中で鍼灸師はどういうことができるかと聞かれます。その時に鍼灸師が他の医療スタッフの役割をしっかり理解したうえで鍼灸の役割を提示できるか。それが一番重要で、「全部治せます」ということではなくて、専門の分野は専門に任せて、鍼灸師ならではこその役割を提示する必要があります。それにはなぜ鍼やお灸でよくなるのか、どういった機序でよくなるのか、何をどう改善できるのかを伝えることが大事です。これは開業している鍼灸師の先生でも同じだと思います。 ―他の医療スタッフや専門スタッフに鍼灸の役割を理解してもらうためには論文の提示が必要になってきますね。 論文だけではなく「共通言語」も重要です。患者様の病気や病態把握に関して現代医学的な用語で話をするということです。東洋医学的な治療をするとしても、まずは共通言語で話して共通の理解をするというのが一つです。これは絶対に必要です。 それから、「共通評価」です。みんながわかる評価方法で評価をする。脈診や舌診をするのは問題ありませんが、それだけではなく質問紙などのみんながわかるような方法でも評価をすることが重要です。そうすれば鍼をした後の変化も共通評価によって示すことができるので、他の医療スタッフにわかってもらえます。 中身の治療は“東洋医学的”で全然構わないと思います。「共通言語」と「共通評価」でみんながわかるようにさえやっていけば、東洋医学の治療はよくわからないけれども、こういう病気の患者様に対してこういう治療をしたらこんな効果があったんだということを周りもわかってくると思います。そうするとだんだん、多職種から成るチームの中で鍼灸の役割というのが理解できてくるし、そこで活躍できると思うんです。 ## 卒前からチーム医療を学んだ鍼灸師を育てる ―そういった鍼灸師のいるチーム医療は東大病院以外にも広まってきているのでしょうか? 東大病院や東大関連のサテライト施設では鍼灸師が入り込んで鍼灸が役立ってきたんですけど、それが全国的に広まっているか、他の医療機関ではどうかというと、なかなかそうではない。どうしたらもっと広がるだろうかというのがずっとありました。新潟医療福祉大学からお声がけがあったときに、ここでは卒前から卒後にかけてきちんと教育をしてチーム医療の土壌を作ることができる、鍼灸のいろんな役割を提示できる可能性が非常にあると思いました。 私たちは東大病院で何年もかけて医師との信頼関係を築いてきました。大学教育の時点で多職種の学科生との連携カリキュラムがあり、チームでディスカッションすることが当たり前という状況の中で教育を受けたならば、「共通言語」や「共通評価」は自然にインプットされます。卒前からそういった経験ができる教育が、チーム医療の現場で活躍できる鍼灸師を増やすために必要です。この教育をモデルとして、新潟から発信することで日本の鍼灸の状況が何か変わればいいなと思います。それをぜひ、やっていきたい。 もう一つ大切なのは、卒業した鍼灸師が病院や介護福祉施設など多職種と一緒に働けるような場をつくること。これも私の役割の一つだと思っていますので、しっかりと実現したいと思っています。 【記事注釈】 1足底面への寒冷刺激は感覚入力を低下させ、バランス能力を低下させるSignificance of lateral postural control. The effect of hypothermia on galvanically Induced body-sway. Acta clin biomech 27(1);46-51. 2012. 2粕谷大智. 足底部のメカノレセプター(固有感覚)への灸刺激が体幹バランス機能に与える影響.第39回(公社)全日本鍼灸学会関東支部学術大会シンポジウム 3大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所教授。2021年ノーベル医学・生理学賞を受賞したカリフォルニア大学サンフランシスコ校のデビット・ジュリアス氏のもとでカプサイシン受容体の研究に従事 4富永真琴. 温度感受性TRPチャネルを介した温度受容のメカニズム .第39回(公社)全日本鍼灸学会関東支部学術大会シンポジウム 【記事注釈おわり】 ## 新潟医療福祉大学鍼灸健康学科から発信する、新たな鍼灸の可能性 1.広大な敷地を持つ新潟医療福祉大学のキャンパス構内。現在6学部13学科で構成され、鍼灸健康学科が開設されると計14学科となる。鍼灸を学ぶことができる大学の中では随一ともいえる多様な専門職を学ぶ学生が集まる環境だ。大学全体でもチーム医療の学びを重視する。 2.鍼灸健康学科が主として使用する第11研究・実習棟は2023年3月に完成予定。5階建ての建物で、1階には附属鍼灸センターが、5階には日本海が見える展望テラスが設けられる。 学生にとって魅力ある卒後進路と就職先を確保するため、医療業界や介護・福祉業界における鍼灸部門の設置や訪問鍼灸事業、企業への福利厚生としてのヘルスケアなどQOLサポーターとして様々なフィールドで活躍できる土壌を作り上げる必要があります。 チーム医療が当たり前の鍼灸臨床はもちろん、医療機関や介護・福祉施設に就職して給料もPTやOTと同等の額が補償され、終身として雇用される。生涯安定した職業に就けることも大事です。もちろん開業することも選択肢ですが、色々な選択肢があることは鍼灸師の魅力にも繋がります。 私が本大学に赴任したのは、それが目的でもあり、それを1期の学生が卒業するまでには確立したい。新潟ではそれができる可能性があります。 ### 労働生産性を改善する鍼灸の可能性を検証する 大規模ケーススタディ 肩こりや腰痛で悩みながら仕事をしていると労働生産性が下がり、特に腰痛による経済損失は約3兆円にものぼると言われています(注5) 。肩こりや腰痛は鍼灸で治療する頻度が高い症状です。これから鍼灸健康学科としても大規模な症例集積による肩こり腰痛に対する鍼灸治療を行い労働生産性向上への可能性について検証していく予定です。定期的に鍼灸治療を受け症状を軽くすることで、労働者の欠勤日数の減少や、生産性の向上などの経済的な利益をしっかり提示したいと考えています。 【記事注釈】 5東京大学医学部附属病院・日本臓器製薬株式会社による「プレゼンティーズム」に関する共同研究より 【記事注釈おわり】 ### 鍼灸にふれる機会を学校教育に 新潟スタディ 中学生・高校生の時に、鍼灸も含めて痛みや体の健康管理を学習し、その中でセルフケアとしてお灸などを体験してもらう模擬講義を行っています。そこで「足が軽くなった」「冷えが軽くなった」となれば家で家族にやってあげようといった発想になっていくと思います。 すでに何回か小学校の5〜6年生を対象に台座灸を体験してもらいましたが、評判はすごくよかったです。子供の頃にこうした経験をすると、鍼灸の敷居が低くなります。家に帰ったらおじいちゃんおばあちゃんにやってあげられますし、家庭のコミュニケーションにもつながります。 【写真注釈】 大学構内のトレーニングセンターには治療の施設も附属しており、鍼灸によるケアを行っていく計画もあるという。新潟医療福祉大学はスポーツの分野でも強い。 【写真注釈おわり】 ## 鍼灸を発展させる教育・研究・事業を実行に移せる土壌がある ―多岐にわたる鍼灸事業を計画されていますね。大学側も相当の熱意をもって鍼灸健康学科の開設に取り組んでおられるということでしょうか。 そうですね。本大学の西澤学長から「粕谷さんが長年東大病院で行ってきたことを活かして、チーム医療の中で活躍できる鍼灸師を育ててもらいたい。また他学科との連携で鍼灸の研究も進めてもらいたい。新潟医療福祉大学から新しい鍼灸を発信してください。可能な限りサポートします。」と言っていただきました。実際に法人企画部、広報課の方々を中心に、多くの職員の方に鍼灸健康学科を盛り上げていただいています。 また「これからの医療は未病治や重症化させない身体づくりが重要であり、重症化しないうちに健康増進・維持に関わることができるものといえば、それは鍼灸である。新潟から臨床研究も含めて発信していきたい」というお話を聞いて、同じ考えだと思いました。こうした研究や新事業は、実行に移すとなると周りの協力がないと難しいのですが、ここにはできる土壌があり、今それを実行に移せる。残りのキャリアでやってみたいと思いました。 ―どういった特色のある教育をされるのでしょうか? 「連携総合ゼミ」という授業がカリキュラムに組み込まれています。そこでは他学科の学生が集まってかなりの時間をかけてゼミをやります。例えば、鍼灸健康学科、看護学科、健康スポーツ学科(アスレティックトレーナー)の学生で集まった場合、痛みのある患者に対して鍼灸だったらどのようなことができると思うかを調べて、発表する形になります。そこでは他学科の学生も鍼灸のことを勉強する必要があります。鍼灸健康学科の学生だけでなく、他学科の学生も鍼灸はどういったことに効果があるものかがわかり、多職種全体でそれぞれの役割を理解するようになります。 鍼灸健康学科の学生には、鍼灸は色んな領域に選択肢と可能性があるということをきちんと理解してもらいたいと思います。 ―鍼灸健康学科の開設にあたってどんな課題がありますか? 今、一番人気があるのは救命救急士や看護師です。仕事は大変ですけど、ドラマや映画の題材になって見た目も格好よい。そういった職種に比べると鍼灸師という仕事があまり知られていないので、まずは中高生に鍼灸を知ってもらい、目指す職業として認知してもらうことが必要です。 鍼灸を知ってもらうためにはどうしたらいいのか。テレビやラジオの媒体に出て、啓蒙活動をすること、まずはそれですね。それから、若い時から鍼灸に親しんでもらうことが一つだと思います。小・中学校、あるいは高校1〜2年生の頃に、出張授業でわかりやすい鍼灸の話をして鍼灸を知ってもらうことが必要です。その活動の一環として新潟スタディを行っています(詳細は前ページを参照)。  新潟医療福祉大学は日本海側で初めての鍼灸師養成大学なので、東北方面や北陸方面からも学生さんが集まってもらえるといいですね。 【写真注釈】 新潟医療福祉大学の広報課および法人企画部の方々と。粕谷先生は、業務の傍らこうした職員の方々にもいずれは鍼灸のケアを受けてほしいと話す。 【写真注釈おわり】 ―東大病院での経験を経て鍼灸のいろいろな可能性を感じたからこそ、先生は新潟でのチャレンジに踏み出されたのですね。 鍼灸治療はすごく体に優しいし、今のこのような時代にも合っていますし、もっと広めたい、とにかく鍼灸を知ってもらいたいという気持ちです。鍼灸っていうと社会や医療から孤立しているような浮いた存在だと思うんですけど、しっかりとした土壌を確保することで、医療機関・社会福祉施設・スポーツ施設・教育機関などいろんな所で関わり合いながら活動ができるようになると考えています。私はこの大学の鍼灸健康学科のビジョンを聞いて、すごくワクワクしたし、自分のキャリアとしてやっていきたいなと思いました。 やりますよ!私たちも。 【写真注釈】 鍼灸健康学科設置準備室の江川雅人先生と野道代先生とともに。取材時はすでにカリキュラムの内容が決まっており、教材や設備など学習に必要となる物品の手配に取り組まれているところであった。 【写真注釈おわり】 # 2. リサーチ!わたしの鍼灸治療 〜もぐさんの箱きゅう編〜 藤田 幸久 先生 藤田 千恵美 先生 まるさんかくしかく鍼・灸・マッサージ 奈良県 橿原市 令和元年に夫婦で開業され、あん摩マッサージ指圧師の幸久先生がマッサージ施術を、鍼灸師の千恵美先生が鍼灸施術を担当されている。幸久先生は開業にあたり、マッサージだけでなく鍼灸でのアプローチも必要だと考え、千恵美先生が鍼灸師の資格を取得。一人ひとりの患者様に対してお互いの知恵を活かし相談しながら治療に取り組んでいるという。 目指すのは まちの保健室 院の名前をひらがなにし、“治療院”もあえて名乗らないのは、治療以外の目的でも気軽に訪れてほしいとの思いから。まちの保健室のような雰囲気を目指す院には、地域のお年寄りがふらっと訪れ、お身体の相談やスマホの操作方法を尋ねられることもあるという。 ## やわらかい温熱でリラックスしながら治療を受けてもらいたい   ―「まるさんかくしかく」にはどんな患者様が多く来られますか? 幸久先生 患者様の約8〜9割が女性です。また、私は現在も高齢者施設で機能訓練指導員として勤務しておりますし、妻も介護福祉士でもありますので高齢の患者様と接することを得意としています。 千恵美先生 来院される女性患者様のうち約6割以上が40〜50代の患者様で、更年期におとずれる様々な症状をお持ちです。胃腸症状、慢性腰痛、生理痛などの女性特有の不快な症状に「もぐさんの箱きゅう」を使用しています。更年期世代は血液循環を促進するためにお腹や背中、仙骨をしっかりと温めることが大事です。高齢の患者様では、頻尿や不眠のお悩みが比較的多いです。仙骨を温めることで、副交感神経を優位にし、骨盤内蔵の血流を促進することが大切です。 幸久先生 仙骨を温めると副交感神経のはたらきがよくなりますから、リラックスすることで自然と眠りたいという身体の欲求も高まり不眠にも効果が期待できます。施術時にうつぶせになれなかったり、あおむけになれないという患者様もおられるので、仙骨を温めたり、お腹をあたためたりと身体の逆側から温めるという工夫が箱灸ならできますね。 ―温灸器を使用した治療には関心があったのでしょうか? 千恵美先生 当院は開業当初から箱灸を頻繁に使っていました。自分が好きだったということもあるのですが、患者様には心地よい温熱を感じていただき、リラックスしながら治療を受けてもらいたいとの思いがありました。鍼だけではなく、お灸の温熱刺激も治療には必要だと考えていたのです。箱灸や台座灸などのお灸を鍼と同じくらい治療で使っています。知熱灸で治療したいという考えもあったのですが、熱いお灸は怖いといわれる患者様がほとんどです。緊張して施術を受けていただくより、やっぱり優しく心地よい温熱で全身の力を抜いて施術を受けていただくのが一番と考えて、台座灸と箱灸などの温灸器を主に使用しています。 幸久先生 温めるということでいえば赤外線治療器や台座灸も同じですが、赤外線治療器や台座灸と比べて、満足感があるのは断然箱灸のようですね。当院では以前から箱灸を使っておりましたが、従来使用していた箱灸は脱臭剤がセットされていたものの、完全ににおいを取り切ることができませんでした。患者様の中にはにおいが気になる方もおられると思いますし、「もぐさのにおいに癒されるわぁ。落ち着くわぁ」と好意的な患者様もいらっしゃいます。とはいえ箱灸の後は「次に来られる患者様が、びっくりされるだろうな」って思うくらいにおいが残りますね。 千恵美先生 なので箱灸のあとは、窓を開けて換気扇をガンガン回して、消臭剤をかけて〜と対応していました。ちょうど買い替えるタイミングに、「もぐさんの箱きゅう」が発売され、話題になっていたので購入しました。 ―もぐさんの箱きゅうはどんなところを気に入ってくださっていますか。 千恵美先生 従来の箱灸とは異なり、コンパクトで八角形が持ちやすいです。しっかりと手にフィットします。専用の炭化もぐさはにおいと煙が出ない工夫で扱いやすいです。煙が出ないことで、呼吸器が弱い患者様やにおいを気にされる患者様にも使用できます。このもぐさんの箱きゅうの専用炭化もぐさは柔らかいですよね。 ―専用の炭化もぐさは、弊社独自の加工方法でもぐさの煙とにおいの成分を除去したものです。従来の炭化もぐさは、成形する目的で添加物が使われている場合が多いのですが、弊社の炭化もぐさは100%もぐさのみを使用しているのでもぐさ同様の風合いが残っています。火付きがよいのももぐさの風合いが残っているからです。 千恵美先生 炭化もぐさがちょうどよい温熱になるように調整されていて、火つきもよいので使い勝手がよいです。 幸久先生 付属の磁石ボールで連結できるから温める範囲を拡げることができるのもいいですよね。蓋が磁石で固定され、万が一落としたときにも蓋が外れにくくなっているので、安全に配慮している当院としても安心して使用できます。もぐさんの箱きゅうの底面にセラミックボードを使用されているのが特徴的ですね。 ―セラミックは鉄やアルミなどの金属と比べて、炭化もぐさが発する熱を吸収して遠赤外線として放射する機能に優れています。また、セラミックボードがあることで広範囲を均一に温めることができるようになっています。 【写真注釈】 1. コンパクトなサイズ感も気に入ってくださっているという。カバンに入れて持ち運べ、煙も出ないことから訪問治療をされている先生にもおすすめしてくださった。 2. 安全と衛生を一番大事にしているという幸久先生。施術内容から使用する治療器具に至るまで、法規やガイドライン、メーカーの説明事項をつぶさに読み込み把握するようにしている。 【写真注釈おわり】 ## 鍼灸治療のほとんどのコースに箱灸がついてくる ―治療でもぐさんの箱きゅうを使用する頻度はどれくらいですか? 千恵美先生 鍼灸治療のために来院されるほとんどの患者様にもぐさんの箱きゅうを使用しています。 ―箱灸をオプションメニューとして患者様におすすめすることはありますか? 千恵美先生 「すえとこ」4月号で紹介されていた治療院さんでは、「いちもぐさん」などのメニューを設定されているのを見て「いいなあ」と思いました。当院の場合は鍼灸治療のほとんどのコースについてくるような感じですね。以前にアロマフットバスと組み合わせた期間限定メニューを作ったことがありますが、患者様は「鍼がしたい」「マッサージを受けたい」と明確な希望を持っていらっしゃるため、箱灸治療単独ではおすすめしにくかったです。またマッサージのみの患者様でも、症状的に温めたほうがいいと思う患者様にはご提案させてもらって、マッサージの料金にプラス500円で箱灸を受けていただけるようになっています。 ―患者様の反応などはいかがでしょうか? 幸久先生 千恵美先生の治療が終わるときに、患者様の「あ〜気持ちよかったぁ」という声が聞こえてくるのですが、これ絶対箱灸のことだなと思って聞いています(笑)。 千恵美先生 20分の施灸時間は十分な時間と思うのですが、「あっという間に終わったなぁ もっとあたたまっていたい」と多くの患者様が言われます。患者様がリラックスできているからこそ短く感じるのでしょうね。このリラックス感が治療効果をアップさせていると思います。 幸久先生 鍼や台座灸の施術のあとに「気持ちよかったぁ」と言われる患者様は、マッサージ施術ほど多くはおられません。その一方で箱灸のあとは大半の方が「気持ちよかったぁ」と言われます。箱灸施術の一番優れたところだと思います。箱灸はあたたかさや気持ちよさを感じながら患部等を広範囲に温められるという、どちらかというと現代医学的な治療的よさがあります。一方台座灸は、東洋医学的に経穴に温熱刺激を与えるという意味で、長い目で見た体質改善や冷えを取っていくような治療に向いていると考えています。 【写真注釈】 1. 美容メニューでは初めて鍼を体験する方が多いです。箱灸を使用することで緊張を取り除き、同時に胃腸の調子を整えて美容の効果につなげます。美容鍼灸のメニューでは箱灸でお腹を温めながら顔の鍼を施術し、最後に弊社主催セミナーで学んだ長生灸ソフトによる顔への施灸を実施されている。 2. 院内には千恵美先生のご趣味であるハーバリウムやドライフラワーが飾られている。 3. 人と話す機会が少ないひとり暮らしの方や、シニア世代の方の小さなデイサービスのような感覚で集える場所になればと、定休日には施術所でハーバリウムレッスンをされている。 4. 「お花のレッスンを始めてくれてありがとうね。綺麗なお花に囲まれて気持ちもなごみ、何より自分で作ることが楽しい」と喜ばれているという。 【写真注釈おわり】 ## 施術の流れが作りやすく、ほかの施術との相乗効果も期待できる  幸久先生 施術中は、肌の露出を伴いますし、同一姿勢が長くなるのも避けたいところです。そのため施術にロスがなく、スムーズな流れで施術を終えることが大切です。もぐさんの箱きゅうの施灸時間は約20分ありますし、鍼、台座灸と同時に施術できてとてもスムーズな流れができているのではないでしょうか。 千恵美先生 もぐさんの箱きゅうの施灸、刺鍼、台座灸の施灸の流れで施術します。そして台座灸をとり、抜鍼、箱灸終了。箱灸を置けない膝や肘などには台座灸を使用して、仙骨や肩甲骨の間など広範囲を温めたい時は箱灸を選択しています。箱灸で温めている間に鍼や台座灸の施術に集中できるので、施術の流れがとても作りやすいです。また、3つのアプローチで治療を行えるため相乗効果も期待できますね。 ## 安全で身体にやさしい施術少量頻回が信条   ―ほとんどの患者様に箱灸を使用されているとのことですが、施術時間はどれくらいですか。 幸久先生 施術時間は通常45分ぐらいで、マッサージと鍼灸の両方を施術する場合でも約1時間で終えるようにしています。施術時間が長ければ長いほどよいということはなくて、適切な時間と刺激量で施術することが大切です。刺激量が多すぎると患者様の身体にかえって負担をかけてしまう可能性もありますので、治療時間は長くならないようにしています。つまり「少量頻回」、一度の刺激量はやや少なめで、適度な頻度で施術させていただくことで、安全で身体にやさしい施術を行うようにしています。 千恵美先生 施術時間内に効率よく使用でき、適切な刺激を与えられる「もぐさんの箱きゅう」は当院にはピッタリです。知熱灸や台座灸より刺激がやさしいですし。 【写真注釈】 セルフケアのお灸も指導する。続けてもらうためには“お灸の時間”を好きになってもらうことが必要と語り、アロマキャンドルを使って火をつける、お気に入りのケースにお灸を入れるなど、好きな雑貨と一緒に取り入れることなどを提案しているという。 【写真注釈おわり】 ## 定期的な温活で恒常性を維持できる体質をつくる   ―今後、秋冬に向けて気温が下がってくると箱灸での治療も増えるのでしょうか? 千恵美先生 寒くなると神経痛などがひどくなって治療に来られる患者様がおられます。もちろん、症状が出てからの治療も可能ですが、症状が出にくい身体づくりを普段から行うことが重要です。そのためには季節に関係なくお腹や背中をしっかりと温めることが大事です。 幸久先生 ゆっくりと回復するので実際に身体に起こっている変化は感じにくいのですが、定期的にもぐさんの箱きゅうを行うことで、恒常性を維持できる体質が作りやすくなると考えています。 千恵美先生 もぐさんの箱きゅうは、煙やにおいが無いことはもちろん、使いやすさや片付けのしやすさ、温熱の程度や時間、持ちやすさなど治療家の温灸器に対する希望がぎゅっと詰まっていますね。鍼灸師と患者様のことを考えて作られたものだとひしひしと伝わる、究極に使いやすい温灸器だと思います。 # 3. おいしい東洋医学 東洋医学には欠かせない食養生や医食同源の精神 季節に合わせた食養生の楽しみ方について 唐沢先生流の暮らしへの取り入れ方を紹介します 唐沢 具江≪からさわ ともえ≫ 先生 Pubicare Salon 白金台 ピュビケア はりきゅう 鍼灸ディレクター 漢方アドバイザー/ 漢方臨床指導士 弊社「顔へのお灸」セミナー講師を務める。漢方薬局での勤務経験から海外での生薬の買付、イベント視察、薬膳ツアー引率などに携わる。現在も生薬や韓方の学びを臨床に生かすべく様々な活動に取り組む。 秋は容平といい、万物が成熟して収穫されるという意味で身体の陽気が体内奥深くに収納される季節です。皮膚症状や呼吸・防衛作用に関する症状が出やすく寒熱の影響を受けやすい季節です。「秋の夜長」といわれますが早寝早起きを心がけ、心を乱さないこと、活発に動くことを避けることなどが推奨されます。怠ると肺気を痛めることとなり冬に向かい下痢を起こすともいわれています。 残暑に気を取られがちですが、秋の季節に合わせた養生をしないと体調を崩してしまいます。「自然の変化」に対応した過ごし方が、通年の安定した体調に繋がります。 ## 秋の生薬/食材 ### 山薬≪さんやく≫ 四気 平 五味 甘 帰経 脾肺腎 ヤマイモ科長芋の根茎。補気作用とともに肺を潤す潤肺の働きがある。食欲不振や病み上がりの他、水下痢の後に水分を補う目的で使用される。 ### 百合≪びゃくごう≫ 四気 平 五味 甘微苦 帰経 心肺 百合の根。生薬では補陰に分類され肺熱で起こる咳の治療に用いる。潤肺の働きや、咳を止める止咳の他、安神作用もあり精神不安やイライラで落ち着かない興奮による不眠に対しても利用される。 【写真注釈】 1. 長芋焼きと柿ソースの杏仁豆腐。皮までしっかり洗った長芋を輪切りし表面をカラッと焼き、温性の茗荷と実山椒を添えた。杏仁豆腐は生クリームを使わず、さっぱりだけどこっくりした味に。清熱・潤肺の効能がある熟し柿のソースをかけていただく。 ※ 産後、夜の摂取は避ける 2. 百合根の甘酒。百合根は一枚ずつ丁寧に分離して、甘酒と軽く煮てホクホクに。 3. 白木耳入りあんみつ風withジャスミンシロップ。白木耳は生津や補陰・滋陰の働きがあり、秋の生薬としてもおすすめ。暑さが残る時期は寒天と清熱できる緑豆、秋が深まってきたら黒豆・小豆・緑豆などを加え、季節の果物(梨など)やクコの実とともにジャスミン茶やウーロン茶のシロップをかけて、冷・温どちらでも美味しくいただけるデザートに。 【写真注釈おわり】 【記事注釈】 季節と暦について 立春・立夏・立秋・立冬を各季節のはじまりと考え、季節を意識した生薬や食材選びをすることが大切です。 2022年の暦 立春 2月4日 立夏 5月5日 立秋 8月7日 立冬 11月7日 生薬について 生薬の分類は食品か医薬品に分かれ、食品分類のものは一般的に購入が可能。 生薬のパラメーターについて 四気 寒熱温涼の4つの性質を表す。体を温める「温熱性」など。 五味 食材が持つ酸苦甘辛鹹の5つの性質を表す。 帰経 どの臓腑・経絡に作用するかを表す。 【記事注釈おわり】 # 4. Closeup! 治療院 もぐさんぽ ―第2回・前編― 鋤柄 誉啓 先生 明治国際医療大学 卒 お灸堂 院長 2013年〜 お灸のみで施術を行う京都の個人治療院「お灸堂」を営む傍ら、 SNSや本の出版など一般の方々に向けた「養生」や「東洋医学」の発信で注目を集めている鋤柄先生。 「お灸」「養生」をキーワードにお話を聞いていくと、 そこには「鍼灸師の価値」や「伝え方」に対する深い考えが隠されていました。前後編に分けてお伝えします。 ## 身体の感覚を取り戻すためにはお灸が一番 ―さすが「お灸堂」さんだけあって、ワゴンの上にもぐさが山盛りになっていますね。 山正さんのもぐさにはとてもお世話になっています。灸頭鍼用もぐさの「若草」は知熱灸に、「雪の華」は点灸に使用しています。施術では主に知熱灸を使用しています。もぐさを小指頭大の円すい形にひねってすえています。 ―長生灸はセルフケア用で勧められているのでしょうか。 そうですね。お悩みに応じて灸点をおろしたり、ツボの取り方などもお伝えしています。また施術では、足や手などの末端冷え性の患者さんに使用しています。足の各指の間にすえてゆっくりとあたたまってもらいます。 ―雪の華での点灸はどのようなときに使用されますか。 点灸はコリが深いときなどに使用しています。紫雲膏を塗布してすえますが、だいたい9割くらい燃えたところで消します。熱いと患者さんが緊張してしまうので、最後まで燃やさず熱くない刺激で留めています。 ―お灸堂にいらっしゃる患者様はお灸治療にどのような印象を持っていますか。 ほとんどの人はお灸に対して「身体を温めるよいもの」というポジティブな印象を持っていらっしゃいます。しかしそもそもお灸とは何か、ツボとは何か、全く知らないという人がほとんどです。身近なところでお灸を見聞きする経験がなくなっているからだと思います。「お灸は熱い」などのネガティブな先入観や抵抗感がないかわりに、どうなったら体が柔らかくなるかとか、どういうのが効いている状態なのか、そういう感覚的な変化がわからなくなっています。自分の身体を触る機会もほとんどなくなっていますよね。 ―お灸のネガティブイメージがなくなるのはよいことですが、自分の身体のことを考えるきっかけが減ってしまったのはよくない状況ですね。 そうなんです。現代では忙しく疲れた人が大勢います。働いているうちにだんだん脳が疲れをシャットアウトしていくので疲労を感じとれなくなってしまいます。頑張れば頑張るほど、疲れよりも得られる達成感、つまり脳の報酬系への刺激にフォーカスしてしまうためです。自分の感覚が分からなくなり、ある日突然ベッドから起きられなくなる…なんてことが多発しています。この人たちにはまず身体的な感覚を取り戻してもらわないといけません。取り戻す方法は、体に触れたり刺激を入れてあげることです。このような状況や課題に対してお灸は効果的な一手に成り得ると考えています。 ### 知熱灸を体験! 左手のコリがある部分にすえていきます。もぐさがだんだん燃えていき8〜9割燃えたところで「温かい」から「ピリピリする感覚」になるので、そこでもぐさを取ります。 お灸をした部分を触ってみるとコリコリしていたのが柔らかくなっています。患者さんにも実際に身体が柔らかくなっていることを感じてもらい、 「こんなに簡単に柔らかくなるんですよ」 「あなたの身体には元気になる力があるんですよ」 とお伝えしています。そうすると長生灸などの台座灸を自分で行うことも効果的だとわかってもらいやすいです。 ## お灸治療や養生で“ゆるめる力”をサポート ―そうした感覚が鈍ってしまっている人に対してどのようにアプローチされているのでしょうか。 では実際に体験してみましょう。まず寝ている状態は、どこにも力が入っていない状態です。力を入れてないのになぜか硬くなっているところがありますね。これが「凝っているツボ」の反応です。 【写真注釈】 足首や肘の関節に触れながら動かしにくさや硬さを確認。記者は左足の足首が硬くなっていることをこの時に初めて自覚したようだ。 【写真注釈おわり】 筋肉は力を入れると、柔らかい状態から硬くなります。最初から硬い状態の場所がいくつもあると、身体は動きにくくなりパフォーマンスが低下してしまいます。また、こうして寝ている時も筋肉はゆるんでいるのが通常です。しかし肩・腰・足などが硬いまま寝たとします。身体の中で休養できていない部分が増えてしまいますから、仮に7〜8時間睡眠をとっても、翌朝疲れが抜けにくくなります。一日を過ごして疲れて、また硬いまま寝て、と繰り返すうちに、どんどん疲れが蓄積していってしまいます。この悪循環から卒業してもらうことが一番の目的であり、僕らの仕事です。こどもの時は筋肉が柔らかく、硬くなった筋肉も睡眠で簡単にゆるめられます。しかし大人になると筋肉が硬くなるため、お灸治療や養生でゆるめる力をサポートする必要があります。ゆるんだ状態で寝てもらうと一日の疲労負債を返済でき、翌日は気持ちいい状態でスタートすることができます。それで本人もちょっと幸せになれますよね。 ―患者様が感じとれない疲れや身体の変化を、身体の硬さや柔らかさを通じて説明されているんですね。 身体の変化は言葉で輪郭をつけてあげるとわかりやすくなります。施術後に「温かくなってよかったね」で終わるのではなく、患者様に「柔らかくなっているから歩きやすい」「疲れが取れて身体が軽い」などの変化を自覚してもらうようにしています。そう思うだけでも元気につながるので、「よかったら温めることだけでも(ご自身で)してみませんか」と声をかけると、一回やってみようっていう気持ちになっていただけます。そうして全身を施術していきます。施術に来て終わり、ではなくて、自分で身体を触って変化や反応を必ず確認してもらうようにしています。 ―施術に加え“養生”を指導する特別メニューも設定されていますね。 これは初回カウンセリングと施術、養生の個別レッスンまで含めた120分間のメニューです。当院の場合は「京都観光のついでにお灸を受けてみたかった」とかSNSを見て遠方からいらっしゃる患者さんがおられます。頻繁に通えませんので、一回でしっかり養生やお身体のことをお伝えできるように設定しました。 ## 鍼灸師のよさは“養生を伝える”仕事にある ―著書やSNSでの発信内容も、“養生”がキーワードになっています。“養生”を重視していらっしゃるのはなぜでしょうか。 世間一般の人々にとって、僕ら鍼灸師の存在意義っていうのはどこにあるんだろうと考えていました。灸や鍼を道具として使いこなすことはもちろんですが、それ以上に東洋医学の思想を実生活に投入してもらう“養生を伝える”という仕事。実はそこに価値があるのではないか、と。一人ひとりが自分の身体のことを把握でき、自身で手当てできるように仕向けてあげる、ということです。 ―ベッドの上でお身体の施術をするだけでなく、セルフケアをしてもらうように働きかけることが鍼灸師の仕事、ということですね。 僕の治療院にはお仕事や家庭の用事が忙しくて休みがとれず、結果として身体がつらくなり、やっとのことで取った休みの日に施術を受けに来てくださる患者様が大勢いらっしゃいます。その方に施術をして、最後に「じゃあまた来週も来てくださいね」と言うのは、現実的にはどうなんでしょう。わざわざ仕事を休んでとか、こどもや親の世話を周りにお願いして来ているかもしれない。それなのに、また来週って言われてしまうと、患者様は「休めないから大変なのに」と感じるだろうし、現実的に無理という場合も多いはずです。 今、世の中で一番治療を必要としているのはきっと、そういった立場にある人々です。だから僕らは“不調を抱えながらも休む暇がない人を何とかする方法”を考えなければいけません。そうするとお灸と養生でしょうという考えになりました。「施術してもらって元気になりましたけど、またしんどくなっちゃいました」では意味がありません。施術を通じて東洋医学や養生の知恵を体感していただくことに加え、養生を実践していただくことで元気にもなりやすいし、効果の底上げにも予防にもなります。 養生のサポートツールとしては鍼よりもお灸の方がよいと判断しました。もともとお灸はセルフケアツールとして運用されてきた実績がありますからね。 (後編へつづく) # 5. 山正ニュース 2022年6月3〜5日に東京有明医療大学および有明ガーデンコンファレンスセンターで開催された第71回公益社団法人全日本鍼灸学会学術大会(東京大会)の企業展示に参加いたしました。3年ぶりの現地での展示をさせていただいた今回は、「もぐさんの箱きゅう」の実物を手に取ってご説明させていただくなど、先生と直接お話させていただける貴重な機会となりました。ボールを的に当てるミニゲームに挑戦してもぐさんのぬいぐるみminiをゲットしてくださった方も!先生方の鍼灸の学術研究の発展にかける熱気があふれる3日間でした。