季刊すえとこ 第5号 鍼灸師とお灸メーカーをつなぐコミュニケーションマガジン 「すえとこ」というタイトルには、「お灸をすえるところ」=「ツボ」「治療院」という意味を込めています。お灸をもっと身近な存在にしていきたい。そのために、鍼灸師の先生方との情報交換やつながりを広げる場を創りたい、という想いで2022年4月に創刊しました。毎号メーカーの目線でコンテンツを企画し、様々な事例や話題を発信していきます。先生方の治療活動に役立つような情報やアイデアを読みとっていただければ幸いです。 # 目次 ## 1. 巻頭インタビュー お灸を普及させるための研究 〜煙の安全性と日本のお灸の特徴を明らかにする試み〜 松本 毅 先生(千葉大学医学部附属病院) ## 2. おしえて!もぐさん ## 3. リサーチ!わたしの鍼灸治療 マキコ 先生(はりきゅうマッサージBee / 横浜市) ## 4. コラム・お灸のある風景 立川 友見 先生(キムラ動物病院 / 東京都荒川区) ## 5. おいしい東洋医学 唐沢 具江 先生 ## 6. もぐさんのほっこりラジオ 発行 株式会社山正 2023秋号 Vol.5 2023年8月20日発行 # 1. 巻頭インタビュー お灸を普及させるための研究 〜煙の安全性と日本のお灸の特徴を明らかにする試み〜 松本 毅 先生 千葉大学医学部附属病院 助教 千葉大学医学部附属病院 東洋医学センター柏の葉鍼灸院 院長 千葉大学内に設置された柏の葉鍼灸院での臨床と並行して、もぐさの基礎研究に数多く取り組んでおられる松本先生。お灸の普及に向けた課題を把握し、明らかにする過程でどのような発見があったのか。現代の日本においてお灸の研究を牽引する立場にある松本先生に、これまでの研究の経緯や意義について、お話を伺いました。 ## 当たり前のように扱ってきたお灸の概念や定義を科学的に検証する必要がある ―松本先生はもぐさの基礎研究に数多く取り組んでおられます。それらの研究に通じる大きな動機や目的について教えてください。  これらの研究は、すべてお灸を普及させるために始めたものです。一口に普及と言ってもいろいろな方法があると思いますが、その当時、お灸教育の問題や使用環境の問題でお灸を「使えない」「使わない」施術者が増えていると聞き、その影響でもぐさ生産量が減少していると聞きました。これでは、日本産のもぐさがなくなってしまうという危機感から、お灸を広く使っていただくためには、まず全国の病院などでも気軽にお灸が使えないかと考え、研究がスタートしています。  研究の柱は「お灸の安全性と効果について」ですが、この10年で集中的に取り組んできたことは「安全性」の中の「煙」についての研究でした。ここでは、灸治療用の製品について、「煙が出ない製品」「出た煙を排出する方法」「煙が出てもその煙に安全性が担保される」の3点が大きな課題になると考え、これらを明らかにすることが研究の目的になりました。  さらに、「日本のお灸とは何か」を明らかにしていくことの必要性も浮上しました。2009年に国際標準化機構(ISO)での標準化作業が開始され、お灸も対象となりました。日本、中国、韓国の3か国がもぐさや灸を製造しており、標準化の過程で日本のお灸と他国のお灸の違いが問題になりました。しかし、それらの違いや背景については、学術的な研究や分析が不足しており、科学的に確かなことが言えない状況でした。これまで当たり前のように扱われてきたお灸に関する概念や定義、考え方は、伝承によるものが多く、科学的に証明されていないことも多かったのです。  現在、鍼灸の活用が世界中で広まっていますが、日本鍼灸の特性を提示するにはそれらのことが明確にされている必要があります。基礎研究は人気がなく地味な分野かもしれませんが、誰かがこの研究を行う必要があると考えています。また、私は大学組織に所属しているため、研究が可能な立場にあります。一般の鍼灸の先生方に貢献できるよう、お灸の研究に取り組んできました。 ### Challenge 1. お灸の煙は安全なのか?  業界において、お灸の煙に関する研究はこれまであまり行われていませんでした。むしろ、匂いをかぐと落ち着く、やすらぐなど、煙による鎮静効果といったプラス面についての言説が主に言われてきました。しかしながら、施術者やユーザーには煙に対する不安を抱えている方もいます。そのため、ユーザーはもとより、施術者が患者さんなどに「お灸の煙は安全なんですよ」と言える、根拠を示すことを目的として、煙の有害性に関する研究に取り組みました。 【Safety of smoke generated by Japanese moxa upon combustion(注1)】 (日本のモグサの燃焼による煙の安全性) 精製度の異なる3種類のモグサを対象に、それぞれの燃焼時の煙に含まれる11種類の有害物質(ホルムアルデヒドなど)の濃度を測定し、米国の安全性基準値と比較して有害性を検討した。その結果、すべての成分の排出量が基準値未満であることが確認された。  最新の研究(注2)では、いわゆる加工灸と呼ばれる市販の台座灸や筒灸から排出される煙に対しても、同様に安全性を検証し、問題がないという結果 が得られました。総合すると、低精製から高精製までの散りもぐさや棒灸、加工灸など、日本で使用されるほぼすべてのタイプのお灸について、煙の安全性を説明することができるような結果が揃いました。 【記事注釈】 (注1)Takeshi Matsumoto T, Shuichi Katai S, Takao Namiki T. Safety of smoke generated by Japanese moxa upon combustion. European Journal of Integrative Medicine 8(4). 2016. 414-422. (注2)松本毅、形井秀一. 市販加工灸の煙の安全性について 台座灸、筒灸の検討. 第72回公益社団法人全日本鍼灸学会学術大会神戸大会抄録集. 2023. 124. 【記事注釈おわり】 ### Challenge 2. 日本のヨモギは中国・韓国のヨモギと品種が異なるのか?  日本のお灸の独自性を調査するために、最初に取り組んだのはヨモギの品種に関する研究です。お灸を理解するために、原料であるヨモギを究明することが基礎となるためです。 【DNA-based phylogenetic analysis of mugwort for moxibustion from Japan, China, and South Korea(注3)】 (日本、中国、韓国の灸に用いられるヨモギのDNA系統分析)  日本、中国、韓国で採集したモグサ製造に使われる(以下モグサ用)ヨモギのDNAを抽出し、塩基配列の類似性に基づいて品種を特定し、違いを検討した。結果として、日本で採集されたヨモギのDNA配列はすべてArtemisia princeps Pamp.であり、中国と韓国で採集されたヨモギのDNA配列はすべてArtemisia argyi.であることが明らかになった。    この2種類のヨモギは、遺伝子レベルで異なることが示された。  日本のヨモギは中国や韓国と品種が異なるという言説は以前からありましたが、日本各地に自生するヨモギは形態学的な相違が大きく、見た目では品種が特定できません。この研究では、もぐさ用ヨモギの代表的な産地である新潟県内の複数の場所で採集したヨモギのDNAを調査し、中国や韓国のもぐさ用ヨモギのDNAと比較しました。その結果、日本国内のもぐさ用ヨモギと中国・韓国のもぐさ用ヨモギは遺伝子の系統が異なることが明らかになりました。  このヨモギのDNA調査では、日本の各地域150箇所以上で自生するヨモギを採集することができました。現在も千葉大学のビニールハウスで、鉢ごとに分けられて栽培され、その後の研究に活用されています。栄養成分の調査では興味深い結果が得られました。ヨモギ自体が元々鉄分の多い植物ですが、もぐさ製造に使用されるヨモギは、特に、鉄分が多いことが分かり、そのことについて、学会発表(注4)しました。  ヨモギに関しては、もぐさ製造に適した品種の栽培やヨモギの成分に関連した研究の余地がまだまだありますので、今後もこれらのヨモギを保持し続けて研究を進めていくことが重要です。 【記事注釈】 (注3)Takeshi Matsumoto, Shuichi Katai, Masaya Ando, Hitoshi Watanabe. DNA-based phylogenetic analysis of mugwort for moxibustion from Japan, China, and South Korea. European Journal of Integrative Medicine. 2019. 32. (注4)安藤匡哉、緒方彩乃、黒沼尊紀、松本毅、渡辺均. 食利用へ向けた国産ヨモギの系統評価. 全日本鍼灸学会雑誌. 2022. 72(1) 68-78. 【記事注釈おわり】 ### Challenge 3. 日本と中国・韓国のもぐさ製造法はどのように異なるのか?  原料の段階における違いがはっきりしたため、次はもぐさそのものが研究の焦点となりました。特に製造法の違いは非常に重要な意味を持つため、実際に日本、中国、韓国のもぐさメーカーの工場を訪問して、筑波技術大学名誉教授の形井秀一先生を中心に現地調査を行いました。 【日本と中国、韓国のモグサ製造法の違いについて(報告)(注5)】 日本、中国、韓国のモグサ製造会社を11社訪問し、モグサの製造工程における各国の違いを調査。その結果、以下の違いが明らかになった。 1.ヨモギの栽培 中国 韓国 2.ヨモギの保管方法  中国 ブロック状に固めて3年以上保管  韓国 茎に葉がついた状態で3年以上保管  日本 俵や袋につめてその年の冬まで保管 3.加熱乾燥の有無 日本 加熱乾燥あり  中国 韓国 加熱乾燥なし 4.粉砕方法  中国 韓国 粉砕機  日本 石臼  中国の工場を訪問した際、まず保管されている精製前のヨモギの匂いの違いに気づきました。これは品種の違いも影響していると考えられますが、もぐさになった後も非常に強い匂いがあります。  この匂いの違いは製造法の違いによるものです。日本では天日乾燥したヨモギをさらに加熱乾燥する工程がありますが、中国や韓国では加熱乾燥を行いません。日本の製造法では、加熱乾燥によって水分を飛ばすことで、より高い精製度のもぐさを作ることを可能にしていると考えられます。また、加熱によってヨモギに含まれる成分が分解されたり揮発したりすることで、匂いの元となる成分が減少していることがわかりました。また、粉砕の工程でも大きな違いがあります。日本では石臼を使用して磨り潰すように加工しますが、中国ではシュレッダーのような刃で切り刻む加工を行います。後者の方が匂いが残りやすいと考えられます。  中国人は、匂いの強いもぐさを好む傾向があります。日本の高精製のもぐさを中国人にかいでもらった際は、匂いが弱く物足りないと話し、「この(中国のもぐさ)くらい匂いが強くないと、満足できない」と言われました。一方、日本人はほのかな香りを好む傾向があり、中国のもぐさに対しては匂いが強すぎると感じます。  このように、どのようなもぐさを良いと考えるか、その感覚自体に違いがあることが分かりました。こうした違いを認識するとともに、その国の文化や歴史、伝統などにより灸の文化は発展してきたと考えられますので、それらも念頭に置き研究を進めることで、各国のお灸の特徴や違いがより明確になると考えています。 【記事注釈】 (注5)形井秀一、松本毅. 日本と中国、韓国のモグサ製造法の違いについて. 全日本鍼灸学会雑誌. 2017. 67(4) 327-339. 【記事注釈おわり】 ## 治療方法の違いが、製造方法の違いを生み出す  日本では現在も直接灸が一般的に行われていますが、中国では間接灸が主流となっています。かつては直接灸を施す時代もありましたが、当時の艾?は大きなサイズであり、箸で摘んで行うような方法でしたので、大きな苦痛が伴います。その苦痛を回避するため、中国ではお灸を間接的に施すことが一般的になりました。一方、日本では直接灸を施す方法を諦めず、艾?を小さくしたり、燃焼温度が上がらないもぐさを製造したりとさまざまな工夫をして直接灸を行う方向に進みました。中国における変化については、「元代に直接灸法は下火になった。その理由は、直接灸をすると苦痛が大きかったからである。その代わりに棒灸や、清代以降はジャンジウという箱灸が発展した」と中国の教科書でも記述されています。  そのため、中国では間接灸向けのもぐさの需要が主なものとなり、日本では小さな艾?を作るためにより高い精度のもぐさが求められるようになりました。これにより、もぐさの精製度の幅広さや製造法に違いが生まれたと考えられます。この違いは、製造技術力の差ではなく、お灸施術の方法の違いに起因していると考えられます。 ### Challenge 4. 臨床家にとって日本産と中国産のもぐさには違いがあるのか?  日本と中国では、もぐさの精製度の表現方法にも違いがあります。日本では「歩留まり(率)」と呼ばれ、最終製品のもぐさの重量を原料の乾燥ヨモギの重量で割った割合を百分率で表します。一方、中国では原料の乾燥ヨモギの重量ともぐさの重量を〇:〇のような形式で表します。私が目にした例では、最も大きな比率は45:1でした。日本の歩留まり(率)に換算すると、2.2%に相当しますが、日本の高精製もぐさの歩留まり率は3?5%程度ですので、数値の上では、中国産もぐさのほうが精製度が高いイメージになります。  そこで、臨床家がもぐさを使用する際の印象レベルで、各国のもぐさに違いはあるのかを調査しました。 【日本産と中国産のモグサの違いに関する研究―モグサの質と施灸時の印象に関する検討― (注6)】 日本の臨床家に、生産国を伏せた状態で中国産と日本産の高精製モグサを提示し、違いをどのように感じるかを評価用紙に記述してもらい、比較検討した。その結果、2種類のモグサの違いについて、総合的に見て「少し違う」と回答した人が54.9%であった。また、「使い勝手がよい」「使いたい」という回答は、日本産の方が多かった。施灸した119人のうち、「心地よかった」と回答した人は、日本産が85人(71.4%)であった。  生産国を伏せた状態でも日本産のもぐさに対して「熱の通り具合が良い」と回答した人が多く、一方で中国産のもぐさに対しては「熱が強い」と答えた人が多くなりました。総合して、日本産のもぐさの方が施灸したときに心地よいと感じると答えた人が多いという結果が出ました。つまり、臨床家が違いを認識できるような特徴が、日本産のもぐさには存在していることが示されました。またこの2種類のもぐさを見てみると、中国産の方が若干、緑がかっているようにも感じます。そのため、葉緑素(クロロフィル量)を計測したところ、3倍近く多く、施灸時の燃焼温度を計測したところ、中国産のほうが高い結果が出ました。  この結果から、製造法の違いがある場合、歩留まり(率)や比率での精製度の表記では、各国のもぐさを客観的に比較する指標としては適切ではないことが分かりました。  そのため、日本産のもぐさの物理的特徴を、簡便かつ客観的に示せる評価方法の開発にも取り組んでいます。 【記事注釈】 (注6)松本毅, 形井秀一. 日本産と中国産のモグサの違いに関する研究―モグサの質と施灸時の印象に関する検討―. 日本東洋医学雑誌. 2016. 67(4). 399-407. 【記事注釈おわり】 ## お灸に対する認識を、より正確なものに修正していく ―様々な研究結果が得られましたが、ある程度の予想はついていたのでしょうか?  お灸の煙に関しては、まったく結果が予想できませんでした。煙の研究は初めて取り組む分野でしたので、大学の他の先生や外部の専門家と共同で実施しましたが、みなさん結果が出るまではわからなかったのではないかと思います。ヨモギの品種も、中国・韓国と日本のもぐさの違いも、誰も知らないことでした。  通常、研究というものはテーマを設定し、結果を予想してそれに向かって実験や調査を行います。しかし、煙の研究では先が全然見えませんでした。ですから、悪い結果が出たらどうしよう、という不安がすごくありました。 ―実際には煙の安全性が証明され、灸の施術者やメーカーにとっては非常に貴重な研究結果となりました。他に、これらの研究結果を受けて、お灸やもぐさについて変化した認識や事柄はありますか?  お灸に関する教科書の記述が見直され、一部修正することになりました。定説化していた事柄が、研究によって覆されたものもあります。  お灸に対する認識をより正確なものに修正していく動きもあります。たとえば、これまではもぐさの質について「良い」とか「悪い」と表現されることがありました。しかし、もぐさの質の違いは、灸施術法の違いに対応して作られたものなので、そこに、「良し、悪し」という表現を当てはめると誤解を生んでしまいます。実験や研究を通じて、そうした適切でない表現を修正するための根拠を示せるようになりました。  この研究を通じてもぐさの製造業者との関係性も築くことができました。直接電話で問い合わせることができるようになりましたので、実際に教科書の用語や表現について意見を求めたこともあります。 ## お灸は、時代とともになくなっていくような治療法ではない ―今後、お灸についてどのような分野の研究が必要だと考えていますか?  最初に話したように、研究テーマの安全性と効果のうち、安全性の中の煙の研究がひと段落しましたので、次は、効果について研究を進めていきたいと思っています。  効果を示すことができれば、注目度も高く有用な研究になるのではないかと考えています。透熱灸に関しては先行研究がありますが、セルフケアの需要を考慮すると、間接灸の効果を示すことも重要だと考えています。また、現代病である自律神経疾患や鬱などに対しての効果も検討したい分野です。これらは基礎研究ではなく、臨床につなげられるような研究として取り組みたいと考えています。 ―松本先生がお灸の研究にここまでお力を注ぐ理由を最後にお聞かせください。  私が体感しているお灸の良さを伝えていきたいし、人々の健康を維持、増進する手段の一つとして有効であるお灸を、絶やしてはならないと強く思うからです。お灸は、伝統文化として時代とともになくなっていくような治療法ではありません。  現在、西洋医学による治療では満足できない患者さんが、東洋医学を求める傾向が増えています。60〜70歳の患者さんが、西洋医学の病院では「加齢です」と言われ、湿布や痛み止めなどの対症療法だけの対応を受けることがあります。そうした場合に、痛みを取り除き、生活をより良く送れるようにするのも、東洋医学の役割だと私は考えています。  お灸は古来から民間療法として広まり、江戸時代などでは村単位で行われていました。つまり、簡単で気軽にできて、効果がある方法なのです。こうした実績を考えると、これからのセルフケアが求められる時代において、お灸は絶対に推進していかなければならないものであり、かけがえのない存在になると思います。 # 2. 先生方から よくいただく質問に お答えするコーナー おしえて!もぐさん Q. 台座のお灸と紙管(筒)のお灸の温度には、どのような違いがありますか? A. 台座のお灸は薄い台座の上でもぐさが燃焼し、台座の穴を通して熱が伝わります。 紙管のお灸は筒の上でもぐさが燃えることで、筒の中の空気があたためられ、熱を感じます。 温度センサーにそれぞれのお灸を貼って温度を測定すると、形の違うグラフになります。※弊社独自基準による測定結果を参考に作成 台座のお灸(長生灸)は、頂点のある山なりのグラフ 高い温度が数秒間、肌を刺激します。 文字で表すと キュッ と来るような熱さ。 紙管のお灸(つぼ灸NEO NEXT)は、台形のグラフ 高い温度が数分間持続して、肌を刺激します。 文字で表すと じーん とした熱さ。 ぜひ すえ比べてみてくださいね! # 3. リサーチ!わたしの鍼灸治療 〜 長生灸 編 〜 マキコ 先生 はりきゅうマッサージBee 横浜市 Profile. マッサージを受けるのも施すのも好きだと話すマキコ先生。国家資格を取得した後に鍼灸あんまマッサージ師として活動。その後イギリスに渡航し英語を学びながら当時現地で注目を集めていた鍼灸の普及を目の当たりにしました。帰国後は、開業する予定はなくダンス関係のケア職や治療院に勤務していましたが、もっとお客様を大事にできる施術活動がしたいと考えていた時に、偶然紹介された賃貸物件を気に入り、開業を決意。現在は、一人ひとりのお客様を大事にした治療に取り組み、施術の様子をInstagramでほぼ毎日発信しています。 はりきゅうマッサージBeeの公式Instagram @acubeeyokohama ## 日本は湿度が高いから、冷える人が多い ―マキコ先生はInstagramで毎日の施術を投稿しておられますが、いつも長生灸を写してくださっているのが気になったので、今回取材をさせていただきました。患者様のお身体の状態や施術の様子などを文章でも紹介されているので、施術の内容が誰にでもわかりやすく信頼感がありますね。  院の宣伝のために投稿しているものですので、そう言っていただけてうれしいです。SNSがなかった頃は、鍼灸治療院で行われている施術の様子はほとんど一般の方に知られていなかったと思います。今はSNS文化が広まり、患者様の了解をいただければお写真を投稿して、多くの方に見ていただける機会が増えました。本当にありがたいですね。  長生灸が写った写真は映えますし、お灸を行っていることがわかりやすいので、燃焼時の写真を撮るようにしています。台紙の色もとても素敵ですし。 ―ありがとうございます。お灸の施術を希望される患者様が多いのでしょうか?  当院はホットペッパービューティーに掲載しており、そこではマッサージしかメニューに登録できないため、最初はマッサージを目的として来院される方が多いです。しかし、来院後に鍼灸の施術も行っていることを知って、鍼灸の施術へとつながる場合が多いです。  お灸に関しては、「ちょい足しメニュー」を用意しています。患者様自身でマッサージにプラスしたり、私がおすすめして定番の選択肢となる方もいらっしゃいます。例えば、パソコン作業の多い患者様が、マッサージと一緒に腕にお灸を希望されるなどの例があります。このようにオプションとしてお灸を追加したいという患者様が多いですね。  基本的には患者様の希望する施術を優先的に行いますが、「ここだけちょっとお灸しませんか?」と提案することは、鍼に比べてお灸の方がやや多いです。お灸の価格設定も手ごろなため心理的な負担も少なく、何より私自身が好きでやりたいという理由もあり(笑)、お灸は一番おすすめしやすいですね。 ―先生自身がお灸を好きでいてくださるんですね。患者様のお身体の状態によってお灸をすすめる場合は、どのような理由があるのでしょうか?  患者様に触れた際に、冷えを感じる方がとても多いです。日本の湿度の高い気候のため、冷えてしまう方が多くなるのだと思います。冷えているなら温めれば良い、というシンプルな理由で、お灸の出番が多くなります。  当院では年中、ベッドに電気毛布を敷き、お身体をホットパックで温めていますが、真夏でも「(温められて)気持ちがいい」と感じる患者様が多いです。これにより、自身が冷えていることを自覚し、驚かれる方もいます。特に冷えの自覚が強くない方でも、実際にお身体に触れると、腰や足が非常に冷えていることがわかります。 ### はりきゅうマッサージBee ちょい足しメニュー ※ 取材当時(2023年4月)の価格 お灸 上半身or下半身・・・500円 箱灸 お腹or背中or腰・・・500円 お腹はりきゅう・・・3500円 ## 安心して使えることがわかって定着した ―長生灸はどのような理由でご愛用いただいているのでしょうか。  以前に勤めていた職場や海外の現場で長生灸が使われていたので、なじみがありました。しかし、正直なところ、一番の理由は手ごろな価格であることです。その上で、使っていくうちに本当に良かったと思う点は、煙が少なく匂い移りも少なく済むことです。当院の施術スペースは広くないため、お灸の匂いが充満して患者様のお荷物や髪の毛に匂いが付いてしまうのが申し訳なかったのですが、長生灸は他のお灸に比べて匂いが少ないと感じます。また、燃えきった後に灰が飛び散らないため、扱いやすく、粘着面もしっかりしているので安心して使えます。使っていくうちに、これらの利点が次第にわかり、定着していきました。 ―Instagramで投稿されているお写真は長生灸ライトが多いですが、長生灸ライトが一番よいのでしょうか?  最初は長生灸ソフトを使用していました。開業当初、鍼灸やお灸に初めて触れる患者様が非常に多く、皆さんが「お灸1年生」でした。そのため、最初は最も弱いお灸から始めるべきだと考え、長生灸ソフトを選択していました。しかし、現在は患者様たちも経験を積んで2年生になってきたため、私自身も少し温度を上げたいと思い、ライトに切り替えました。また温度を上げるかもしれません(笑)。  長生灸ライトの熱を感じにくいという方はいませんね。ちょうど良い温度だと感じています。火傷の心配もなく、熱さのピークも短いため、この程度が好ましいです。火傷のリスクや長生灸ライトとの相性についても把握できているため、やはり現時点ではこれが最も使いやすいと思っています。 ## 冷えたものは動きづらいから、お灸で温めて流れを改善するイメージ ―ここからはInstagramに投稿されたお写真を拝見しながら、その時の施術について詳しくお聞かせいただきたいと思います。  こちらの方は、開業当初から診させていただいているお客様です。月に3回ほど、脚・腰・首・肩の凝りに対する施術を行っています。お酒をたくさん召し上がるため、お腹に水分が溜まっている感じがあり、時間があるときは必ずお腹にお灸を施しています。  お腹に水分が溜まると冷えてしまいます。油が冷えると固まるように、冷えたものは動きづらいというイメージが私の中にあるため、お灸で温めて流れを改善する、という考えです。  最近は体型も変わられてきました。ご本人様は施術のおかげとおっしゃってくださっています。  身体の血行が良くなるとお身体のラインが変わられる方が多いと思います。胃のあたりがパンパンになっているときも、お灸が終わった後は少し平らになるというか、下に流されたような感触になります。むくみが解消され、血流が改善し、水分が腎臓を通り膀胱に排出される。施術の後にトイレに行きたくなる方が多いのは、鍼灸によってそのような変化が体内で起こっているからだと思います。  この方は慢性的な腰痛や股関節痛、足首の痛みや肩、首のコリに長年悩まされています。この時は足首が腫れているように見えましたので、鍼とお灸でアプローチしました。また、ご本人様と相談して市販の足首サポーターをご使用いただきました。その後、足首の腫れや違和感は解消したようです。  膝の腫れや関節の腫れに対しては、本当にお灸によって腫れが引くので助かります。お灸を一回きり施術しただけで、腫れが軽減するのが見て取れます。関節の古傷や何十年も前のひどい捻挫が腫れたような場合でも、お灸によって腫れが軽減します。目視で確認できるくらいの変化なので、私は本当にお灸を信頼しています。 ―施術はどのような流れで行っていますか?  お気に入りのツボをベースに施術を行います。たとえば、60分で全身の施術を希望された場合、いつも使用するツボのセットで施術をします。その後、特定の部位にお悩みがあれば、軽くマッサージをして症状や原因を具体的に探り、鍼を打ちたい箇所に鍼を打ち、お灸をしたい箇所にお灸をすえるという流れです。  最近はお腹と足にお灸をするのが気に入っています。男性も女性も胃腸の調子が悪いという話をよく聞きます。触ってみると、上腹部がガチガチに硬くなっており、一方でおへそから下はふわふわになっている。バランスが悪い状態なので、気を下ろした方がいいと判断し、足とお腹にお灸を置いています。実際に、患者様は喜んでおられ、気持ちよさそうにされます。 ## 鍼が足りないところは、お灸が必ず補ってくれる ―鍼を打ちたい箇所、お灸をしたい箇所というのは、どのような考え方をベースに判断されているのでしょうか。  私はマッサージの施術を10年ほど継続する中で、お身体を触って「ここをこうしたら良くなるんじゃないか」と感覚的に判断してきました。その経験を基に施術をしていますので、教科書で学ぶような決まった位置のツボよりも、「阿是穴」を重視したような施術になっていると思います。  私はツボを球体のようなイメージで解釈しています。皮膚の下に立体的な丸い玉があるようなイメージですね。そのため、同じツボに対して異なる方向から鍼を刺したりお灸を施して、作用させることができると考えています。このイメージに基づいて鍼とお灸を置いて、「(鍼とお灸に)みんな!頑張れ!」と(笑)。その中でお灸には、鍼が足りないところを補ってくれるという信頼感があります。 ―ひとつのツボに対して、鍼にもお灸にも頑張ってもらう、というイメージだったんですね。  確かに、鍼かお灸のどちらかだけでも、改善できると思います。しかし鍼は内側から筋肉にアプローチし、お灸は皮膚から気血水にアプローチする、というイメージが私の中にはあって、微妙に異なる役割を果たしています。だからどちらも使いたい、と思うのかもしれません。 ## 身だしなみを整えると気分が上向きになる鍼灸をそれと同じようなことにしていきたい ―今後取り組みたいことはありますか?  私が今後取り組みたいのは、メンタルヘルスに対するケアです。施術はマンツーマンの完全個室で行われるため、患者様はさまざまな話をしてくれます。私自身も仕事や人間関係の悩みで精神的なつらさを経験したことがあるため、患者様のストレスを少しでも軽減できるような技術や知識を学んで施術に活かしていきたいです。  気持ちよさはストレス解消につながると考えています。お灸で身体が温まり、気持ちがいいと「は〜」と心からのため息というか、解放されたような感じになりますよね。しかし、その「は〜」という感覚になりきれない方も少なくない。  鍼灸施術を通じて身体が少しでも軽くなれば、心も必ず軽くなると考えています。人は些細なことで救われることもあります。私は当院での施術がそのひとつになればと思っています。  最近は、「自分のことを大事にしない・できない」人が多くなっていると聞きます。患者様には当院の施術を受けることで、自分が大切にされていると感じていただきたいです。たとえば美容院に行ったり、ネイルを整えてもらったりして身だしなみをケアすると、自然と気分が上向きになりますよね。私は鍼灸を受けることをそれと同じようなことにしていきたいと思っています。 # 4. お灸のある風景 動物病院のお灸 立川 友見 先生 キムラ動物病院 院長 獣医師・獣医中医師一級・獣医推掌整体師 はり師・きゅう師は、人に対して行う施術のための資格です。一方、動物に対する鍼灸施術は獣医師によって行われています。動物を対象とした鍼灸はどのようなものなのでしょうか?また、動物はどのような反応を示すのでしょうか?西洋医学をベースとした治療の他に、鍼灸を中心とした東洋医学の治療も提供しているキムラ動物病院の立川先生にお話を伺いました。 ## 動物も人と同じく高齢になってくると冷えてしまう子が多いので、お灸はとても役立ちます ―こちらの動物病院では、ペットの犬や猫を対象に鍼灸治療を行っているとお伺いしましたが、どのような症状に対して行われているのでしょうか?  さまざまな症状に対応しています。鍼灸治療自体に適用外の症状はないと考えていますので、あらゆる症状に対して鍼灸治療を行うことがあります。  動物も人と同様に、高齢になると冷えてしまう子が多いため、お灸は非常に有効です。具体的には、慢性的な腎不全にお灸が非常に効果的です。犬だけでなく、特に高齢の猫は腎臓の機能が低下しやすいため、お灸をよく使用します。  点滴の際にお灸をすることも多いです。動物の場合は、皮下点滴と言って10〜15分で済む点滴があるのですが、長生灸をすえてちょうどいい時間ですし、その部位があたたまってくれるので、使いやすいです。  大型犬に灸頭鍼を行う場合もあります。後肢麻痺や排尿障害に対して機能の改善を図ります。  鍼灸治療ではお灸に加えて鍼も併用していますが、同じツボであっても、お灸をする場合と鍼をする場合とで適切に使い分けています。基本的にはお灸を使用しない鍼灸治療はありません。常に鍼とお灸を組み合わせて施術しています。 ―長生灸をご使用いただく際、温度のタイプはどのように選択しているのでしょうか?  通常はレギュラータイプを使用しています。動物は毛が生えていますので、人間のようにお灸の熱さが直接肌に当たらず、ほんわりと温かさを感じる程度になります。長生灸の台紙と毛や皮膚の間に指を差し込んで、気持ちがよい程度かどうかを確認しています。嫌な思いをしてストレスを感じないように、あまり高温にはしません。ですので、お灸の施術中に「あちちっ」という反応をされたことはほとんどありませんね。 ―犬の場合は犬種によって体格差がありますが、お灸の感じ方も変わるのでしょうか。  そうですね、体格によってお灸の感じ方は変わります。ゴールデンレトリーバーなどの大型犬にはハードタイプを使用します。あるいは、若草をひねって灸点紙を使ってすえることもあります。ひねる力の具合で柔らかさを調節します。艾?の大きさは、体格の大きい犬の場合、私の親指の爪よりも少し小さいものになります。  また、使用する鍼も体格によって異なります。チワワなどの小型犬には一番細い0.12mmの鍼を使用し、大型犬には0.16mmの鍼を使用します。細い鍼の刺激で十分効果がありますので、当院では今のところ0.16mmより太い鍼を使用したことはありません。60kg超のセントバーナードが来られたら、もっと太い鍼を使うかもしれません。 ―ツボの位置はどのように探すのでしょうか。  人と同じで、動物も基本的なツボの位置は決まっています。探し方も人と同じです。最初の頃に私が一番驚いたのは、ダックスフンドの脚の短さです(笑)。学校では比較的脚の長い犬種に対して実習を行っていたため、ダックスフンドの脚を見たときにツボ同士の距離が近いことに驚きました。実際に、小型犬はツボ同士の位置が近く、お灸の熱はじんわりと広がっていくので、近いツボにもその効果が出ることがあります。  来院する多くの動物が施術中ジッとしていられず立ったり座ったりと動きます。そのため、皮膚が動いて、お灸や鍼を置いた位置が大きく変わってしまうこともあります。そうなった場合でも効果は現れますので、ツボの位置を厳密に取る必要はないと思っています。むしろ、ツボを取るために動物の自由を制限することで、ストレスを与えてしまう方が良くないと考えます。 ―その「効果」というのは、どのような形で現れてくるのでしょう?  まず、脈を確認します。施術後に脈が変化していれば、効果があると判断します。また、背中のツボを押して痛みの反応をみることもあります。痛みがあると皮膚がピクピクと動きますので、その反応の有無で「痛みが取れたな」とか「まだ取れていないな」といった判断をします。  さらに、姿勢の変化も効果の一つです。犬は背骨の状態が変わるので効果がわかりやすいです。整体のような手技による矯正を行わなくても、施術後に背骨がまっすぐになっていることがしばしばあります。  また、鼻水が出たり、あくびが出たりすることもあります。これはリラックスできている証拠だと考えています。  あとは帰られてからのお家でのご様子ですね。施術後は元気だったなどよく伺います。 ―どんなツボをよく使いますか?  よく使用するツボは、大椎、命門、志室などです。また症状によっても異なりますが、筋縮、上仙も使いますね。後肢麻痺の場合には、環跳や陽陵泉、太渓を用います。  百会を使う時もありますね。食欲がない時や、パワーを出したいときに使います。  大椎は鍼灸の副作用を防止するために使う、と教わりました。副作用が出ないようにするために、出口を作っておく、という意味合いで、施術の初めの方で使うことがあります。 ―さきほど動物には鍼灸がよく効く、というお話が出てきましたが、それはなぜだと思いますか?  知り合いの先生も「人より効きがいい」と言っていました。動物は頑張らないし、仕事に行ったりしないから、素直に反応するんだとおっしゃっています。私も同じ意見です。ドッグ・アジリティ(注1)などの競技をしている犬に整体を行う先生の話では、頑張りすぎてしまうために、身体の歪みなどを矯正してもまたすぐに戻ってしまうと話していました。私はストレスが病気を引き起こすと考えているので、ストレスのない生活を送っている動物は素直に効果が出るんだと思います。また、若いほど反応が良いという点も人と同じですね。麻痺なども、初期に施術すると治りがすごくいいです。  鍼灸の効果が現れるタイミングは、個体によって異なります。若い子の脱臼などは、翌日には大幅に改善されていることもあります。一方で、何日か後に徐々に改善していくケースもありますので、私にもわからない時があります。動物病院では緊張していて、施術直後の脈や痛みの状態からは効果の有無を判断するのが難しいこともあります。しかし、家に帰った後に非常に良い結果が出たこともあります。ストレスが解消された時に効果が発揮されるのだと考えています。 【記事注釈】 (注1)犬とハンドラー(指導手)を務める人間が一組のペアとなって参加する、障害物を用いた競技。ハンドラーが犬に指示を出し、順番通りに障害をクリアし完走したタイムを競う。 【記事注釈おわり】 ## 薬は増えてしまうけれど、鍼灸で症状を減らすことができる ―先生が獣医中医師の資格を取られたきっかけはありますか?  獣医になった時から、私は元々このような施術を行いたかったんです。なるべく薬を使用せずに治療したいという思いがありました。 ―実際に薬ではなく、鍼灸で改善した事例はありますか?  はい、あります。例えば、薬の副作用が出て大変だった時に、鍼灸を受けて元気になったことがありました。また、痛み止め薬を飲んでも効果がなかった時に、鍼灸の施術で痛みが軽減されたケースもあります。  薬に頼る治療は、時間の経過と共に薬の量が増えていくものです。例えば、咳が出て眠れないという場合、咳止め薬を処方しますが、薬はだんだん効かなくなっていきますので、効かなくなったらまた増やす、という風に悪循環に陥ってしまいます。そこに鍼灸を施すことで、薬を増やさずに咳を減らせることがあります。鍼灸は西洋医学の治療法とは異なるアプローチであり、全ての症状に効果があるわけではありませんが、鍼灸をおすすめして良い結果を得たことは何度もあります。漢方薬も含め、薬には副作用があることを理解して使用していただきたいと思います。 ―鍼灸は先生がおすすめして受けられる方が多いのですか、それとも飼い主さん側の要望が多いのですか。  両方ですね。私からおすすめするケースもありますし、飼い主さんが希望されることも多いです。また、当院のウェブサイトを見て興味を持っていただいた方もいます。麻痺や足が動かせない状態、フラフラしてしまう症状に対して、鍼灸を試してみたいという要望が一番多いです。 ## 飼い主さんと話をする時間がすごく大切 ―鍼灸の施術を行う際、飼い主さんとのやり取りはどのように進められるのでしょうか。  飼い主さんとのコミュニケーションは非常に重要です。東洋医学の治療を説明して理解していただくのが一番大変です。来院された際、体調について尋ねると、多くの方が「変わらないです」とおっしゃいますが、実際には様々な変化があります。もっと細かい変化に気づいて教えていただけると、施術の効果も上がると思います。犬や猫は言葉でコミュニケーションをとることができないため、その点が悩みどころですね。  西洋医学の診療では、飼い主さんは待合室で待っていてもらうのですが、鍼灸の場合は一緒に施術室に入っていただきます。施術をしながらお話を伺うのですが、その時間が非常に重要なのです。ペットの体調についてのお話はもちろんのこと、飼い主さんの日常生活のお話も聞きます。同じ家に暮らしていると、飼い主とペットは似てきますので、飼い主の感じるストレスが、ペットにも伝わることがあります。そのため、飼い主さんのお話を聞いて、お家の状況を把握することが大切だと認識しています。  最初の頃は飼い主さんとお話ししながら施術にも集中するのが大変でした(笑)。しかし、お話しする時間があることで、病気や日常生活に関するアドバイスもできますので、非常に貴重な時間ですね。 ―例えば、どのようなアドバイスをされますか?  食事に関するアドバイスをします。猫の場合はキャットフードが主流ですので、変更は難しいのですが、犬の食事を飼い主さんが自家調理されている場合、症状に合わせたおすすめの食材を提案します。例えば、後ろ足や腰の具合が悪い場合には、薬膳的に良いとされている豚肉をおすすめします。餌肉には鶏のささみを選ぶ方が多いのですが、鶏肉にはお腹を温める効果があり、胃腸に良いとされている一方、熱を頭の方に上昇させてしまう傾向があるので、熱を下げる豚肉に変えることをおすすめします。 ―治療ではどんなことを大切にしていますか?  ストレスをかけないことです。飼い主さんがストレスを感じると、ペットもその影響を受けてしまうことがあります。初めの段階で治療を急いで進めると、飼い主さんが疲れてしまい、通院をやめてしまうこともあります。飼い主さんの生活や理解に合わせたペースで治療を進めるように気をつけています。また、飼い主さんのお話をよく聞くことが大切ですね。 ―ペットに対する治療を続けてこられて、どのようなところにやりがいを感じますか?  やっぱりペットが元気になっていくのがわかるときが一番やりがいを感じます。鍼灸施術のときは、怖がることなく施術室に入ってきてくれるペットが多いので、とても嬉しいです(笑)。この動物病院では痛いことをしない、ここに来るとリラックスできる。そういうペットたちの反応に喜びを感じます。  加齢に伴う病気や慢性の症状は、進行を止めることができない場合が多いのですが、それでも鍼灸を受けた後は元気になるという話を聞くと、とても嬉しく思います。やって良かったなと感じますね。  実際、鍼灸の施術後はペットの目がキラキラしているんですよ、本当に。飼い主さんからも帰宅後に目がキラキラしているとか、毛並みが良くなったというお話をよくお聞きします。飼い主さんとその大切なペットが喜んでくれること。それが一番の成果だと思います。 # 5. おいしい東洋医学 東洋医学には欠かせない食養生や医食同源の精神 季節に合わせた食養生の楽しみ方について 唐沢先生流の暮らしへの取り入れ方を紹介します 唐沢 具江(からさわ ともえ)先生 Pubicare Salon 白金台 ピュビケア はりきゅう 鍼灸ディレクター 漢方アドバイザー/ 漢方臨床指導士 弊社「顔へのお灸」セミナー講師を務める。漢方薬局での勤務経験から海外での生薬の買付、イベント視察、薬膳ツアー引率などに携わる。現在も生薬や韓方の学びを臨床に生かすべく様々な活動に取り組む。 ## 夏と梅雨の食養生 夏は蕃秀(ばんしゅう)といい、万物が成長し花咲かせ実らせる時期です。 そのため外へ向けた行動を盛んにするとよい季節です。 日本は島国のため地域により湿度が非常に高い土地柄が存在します。 高温多湿の梅雨・夏は心・脾胃に負担が生じます。 また体内の熱をさばきながら発汗により消耗した血を補う食材が重宝します。 ### 苦瓜(ゴーヤ) 四気 寒 五味 苦 帰経 心脾胃 暑気あたり、発熱、熱感がある目の疲れに。ゴーヤチャンプルーやナムル・天ぷらなどがおすすめ。 ### 龍眼肉(りゅうがんにく) 四気 温 五味 甘 帰経 心脾 ムクロジ科の果実を乾燥したもの。生食のフルーツとしては「リュウガン」「ロンガン」などと呼ばれる。生薬では補血薬に分類され、動悸、不眠、健忘などに用いられる。代表的な漢方薬のひとつに「帰脾湯」があり、益気補血しつつ心脾を滋養する。 甘味がありドライフルーツのようで食べやすい。 タイや福建省など産地により色や味が異なる。 【写真注釈】 (写真1) 酸棗龍眼寒天(さんそうりゅうがんかんてん) 甘酸っぱい酸棗仁と龍眼を寒天で固めた甘味 (写真2) 殻のついた状態のリュウガン。殻をむくと実は黒く、正月あそびの“羽根突き”で打つ羽根の実としても用いられる。 【写真注釈おわり】 ## 秋の食養生 秋は容平(ようへい)といい、万物が成熟して収穫されるという意味です。 体の陽気も体内の奥深くに収納される季節です。 皮膚、呼吸器への負担が生じやすく、防衛力が弱まります。 寒熱の影響を受けやすくなりますので、残暑ばかりに気を取られず、季節に沿った養生を心掛けましょう。 ### 梨(なし) 四気 甘微酸 五味 涼 帰経 肺胃 夏の終わりに起こりやすい、痰、声がれ、口渇などの症状によい。唾液など体液の分泌を促し(生津)身体をうるおす(潤肺)。また二日酔いを解消する「解酒毒」としての効能もある。 ### 西瓜子(しいこうつ) 四気 平 五味 甘 帰経 肺脾大腸 焙煎し味付けしたスイカの種のおつまみ。台湾の西瓜子は日本のものと種類が異なり、親指の爪ほどに大きい。日本でもインターネット通販で気軽に購入できる。熱による咳や痰を取り除き(清肺化痰)、胃腸を補う働きがある(補中)。 【写真注釈】 (写真3) 梨熟(ペスク)韓国宮廷料理の飲み物。梨に黒胡椒を埋め込み皮付き生姜、蜂蜜を少し加え煮て松の実を浮かべる。 (写真4) 西瓜子(しいこうつ)は殻を割って白い中身を食べる。食感も味もアーモンドに近い。醤油味のついた「醤油瓜子」が食べやすくておすすめ。 【写真注釈おわり】 ### 秋のくだもの 梨 干し柿 枇杷 花梨 柿 ぶどう 桃  夏の渇きをうるおしてくれる作用のあるくだものが多い 【記事注釈】 季節と暦について 立春・立夏・立秋・立冬を各季節のはじまりと考え、季節を意識した生薬や食材選びをすることが大切です。 2023年の歴 立春 2月4日 立夏 5月6日 立秋 8月8日 立冬 11月8日 生薬について 生薬の分類は食品か医薬品に分かれ、食品分類のものは一般的に購入が可能。 生薬のパラメーターについて 四気 寒熱温涼の4つの性質を表す。体を温める「温熱性」など。 五味 食材が持つ酸苦甘辛鹹の5つの性質を表す。 帰経 どの臓腑・経絡に作用するかを表す。 【記事注釈おわり】 # 6. もぐさんのほっこりラジオ Episode.2 創業当時の山正 編集部 今回は、創業当時の弊社の業態をご紹介したいと思います。早速ですが、初代社長の日記を見つけたので、見てみたのですが・・・カバーに「生糸艾商 山正」と書かれていますね。 もぐさん 初代社長は、1895年(明治28年)に本家から独立し、「山正」の屋号で商いをはじめました。その当時の本家は、養蚕・製糸業ともぐさの卸売業が家業だったらしいよ。だから山正も生糸ともぐさを扱う会社だったんだね。 編集部 お灸専門の会社ではなく、生糸も扱っていたのですね。もぐさ屋は卸売業からスタートしていたんですか。 もぐさん 当時は新潟県や富山県のもぐさ製造家からもぐさを買い付けて、お客様(小売店)に販売するのが山正の仕事だったんだよ。毎年お正月を過ぎた頃、製造家を訪問して買い付けし、サンプルを準備して、その足で東京のお客様へ注文を取りに行っていたんだ。 編集部 その足で!ということは、滋賀県を出発してから新潟を経由して東京に行っていたのですか。今でも大変な移動経路ですが、明治〜大正の頃はもっと大変だったのではないでしょうか。 もぐさん 伝え聞くところによると、北陸本線が開通するまでは、福井県にある敦賀港や三国港から富山県の魚津港まで、船に乗って移動していたみたいだよ。そこからは陸路で新潟まで移動していたんだって。      新潟県の糸魚川に着いてからも、各集落にある製造家を訪ね歩いて買い付け業務に勤しんだそう。 編集部 大変な業務です。私だったら二日目でもう足が攣って動けなくなりそう。 もぐさん こうした買い付け業務の時は、モモヒキに草鞋(わらじ)、半纏、道中合羽の旅姿だったそうだけど、この後汽車で東京に移動して営業活動をする頃には、一張羅の着物に二重廻しコートを羽織り、中折れ帽をかぶった当時流行の衣装に身を包んで顧客を訪問していたらしいよ。 編集部 弥次さん喜多さんから、ハイカラ・シティボーイに大変身。 もぐさん 東京にはじまり、小田原、静岡、岡崎、名古屋の得意先を回って、滋賀に帰るころには季節がひとつ進んでいたそうです。滋賀に帰ったあとは、注文を受けたお客様あてに富山や新潟の製造家から直接商品を送ってもらうため、手紙で指示を出しました。 編集部 新幹線や電話のない時代にも、富山県や新潟県のもぐさが全国へ流通したのには、卸売業の存在が一役買っていたんですね。 もぐさん ここまでは伝聞した内容だけど、せっかく日記があるので少し読んでみたいと思います。 編集部 今回取り上げるのは昭和10年、1935年の日記です。今から88年前、初代社長が60歳の時の記録ですね。達筆すぎて全部は読めませんので、かいつまんでご紹介します。 もぐさん 1月18日の日記に、夜行列車で新潟に向かったことが書かれています。1月19日には新潟のもぐさ製造家さんのお家に一泊。取引先が定宿だったんだねえ。      それから、2月2日まで能生、新町、上早川村といった糸魚川周辺のもぐさ製造家を複数訪ね歩き、商談と見本の準備をしたと書かれています。2月3〜5日には長野県でも取引をしているよ。 編集部 2月6〜9日にかけて、東京や静岡のお客様を訪問し、2月10日からは息子さんが住んでいた大阪に滞在して、大阪のお得意先をまわりながら送り状の手配をしたと書かれています。     日記を読むと、当時の初代の仕事ぶりがよく分かります。60歳になっても、各地のお客様をたずねて、もぐさの手配に勤しんでいたんですね。 もぐさん もぐさの仕事の話だけじゃなく、養蚕のことも書いてあるよ。他に、こんなことも。「9月24日午後、松茸山に行き・・・」 編集部 松茸!? き、気になりすぎる・・・。     今回は初代のご協力をいただき、創業当時の山正についてのエピソードをお送りしました。     次回もお楽しみに!(了) 【写真注釈】 (写真1) 山正 初代社長の日記の表紙 (写真2) 歌川広重(1853〜1856年)『六十余州名所図会』より「越後 親しらず」 富山県と新潟県の県境には「天下の難所」と呼ばれた「親不知(おやしらず)」がある。険しい山が海岸近くまで張り出しており、ここを通過するには波打ち際を歩くしかなかったという。 (写真3) 艾見本を入れて持ち運んだと思われる当時の箱と、『艾買入帳』。 買入帳には商品名が記されていないが、取引先の地名には越後(新潟県)や越中(富山県)の文字が並ぶ。 (写真4) 山正 初代社長の日記の見開き 出発ス 晩十一時二十七分 キ車ニテ北國行 本日ハ 午前八時三分ニ梶屋敷着ノ予定ノキ車ガ 降雪ノ為 午前九時三十分 約一時半遅レテ着 出金 弐拾銭 汽車中寿司代払 木島君ニ艾送リ状出ス 【写真注釈おわり】 # behind the scenes 〜取材の裏側 ## 巻頭インタビュー お灸を普及させるための研究 〜煙の安全性と日本のお灸の特徴を明らかにする試み〜 松本 毅 先生(千葉大学医学部附属病院)   松本先生には研究のお話だけでなく、柏の葉鍼灸院での施術についてもいろいろなお話を聞かせていただきました。大学に附属する治療院でありながら、センターや研究所といった名称を使わず“柏の葉鍼灸院”と名づけたのは、町中にある治療院と同じように地域に根差した治療院にしたいとの思いだったとか。コロナのワクチンを接種して以降、毎日頭痛に悩まされていた小学生の男の子は、頭への直接灸でケアをすることで、学校に行けるようになったそうです。お灸を絶やしてはならないと語る松本先生の熱意に共感するエピソードでした。 ## お灸のある風景 動物病院のお灸 立川 友見 先生(キムラ動物病院)   立川先生は、撮影のために愛猫のごくうちゃんを病院に連れてきてくださいました。16才のごくうちゃんは「獣医の私が見ても若々しいと思う」と立川先生。お灸の習慣のおかげで、免疫力がついて、年をとっても元気でいられるのではないかとうれしそうに話してくださいました。 ## リサーチ!わたしの鍼灸治療 〜 長生灸 編 〜 マキコ 先生(はりきゅうマッサージBee) 福岡へ旅行する予定があるとお話しくださったマキコ先生。九州国立博物館の収蔵品『針聞書』がお目当てだそう。体内には病の原因となる虫がおり、どのように鍼を打てば退治できるかが記された医学書ですが、虫たちのグッズがキモカワイイと話が盛り上がりました。